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おしゃべりルーム
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ダ・ヴィンチ・コードの映画
ダ・ヴィンチ・コードの映画、パリでは昨日から上映なので、今日(18日)、観にいってきました。
最近映画に行ってないのですが、ダ・ヴィンチ・コードは私のダヴィンチ本のきっかけをくれた本だし、最近『文藝春秋』にも記事を書いたので、一応見ておこうと思って。
いろんな視点によって変わると思うのですが、まず、キリスト教のことを特に知らず、原作も読んでない普通の日本人の視点で見ると、多分、何言ってるのかよく分かんない、です。原作には、さすがに長編だけあって、あることないことたくさん書かれているので、「そうか、分かった」と感じた人は多いと思いますが、映画では、当然細かいことが抜けてるので、「???」です。スリラーとしても中途半端だし。
次にキリスト教やカトリックのことを普通に知っている普通のフランス人の視点で見ますと、いくらフィクションと思って見ても、メインのテーマがあまりにも違和感があって、全く楽しめません。だってマグダラのマリアの棺が実はルーヴルの地下に眠ってるというのがラスト・シーンなんですが、文春にも書きましたが、普通のフランス人にとって、マグダラのマリアの墓所は秘密も何も、真偽は別として中世以来の大巡礼地だし、その信仰は聖母マリアに匹敵するくらいポピュラーなのですから、今さらヴァチカンがそれを必死に隠してきたと言われても・・・映画でもっとなんとか脚色できればよかったのに、原作に忠実にと言うのが絶対条件だったらしく・・・原作はとにかく長いので、変な中心テーマもそれなりに希釈されてしまうのですが、映画ではごまかしがきかなくて、宗教や教義や信仰がどうのというより、「ポピュラー常識」とあまりにもかけ離れた部分がここまで強調されると引いてしまいます。
キリスト教にそれなりの知識があってかつ原作を読んだ人の視点からこの映画を観ると、「原作の方が面白い」に尽きます。原作の方が、映画のシーンが脳裏に浮かんで、テンポもいいし、わくわくエンタテインメント感もあり、映画で観てみたいというのがありました。実際映画になると、まあ大画面で夜のルーヴルやパリやロンドンなどを楽しめるというだけで、俳優たちもやることが大してないので不全感があり、もったいないという感じです。(個人的にはシラスというアルビノスの修道士が、灰色の目のもっと怪物っぽい大男を想像していたのに、ナルシスティックな青い目のお兄さんで、ロシアのダンサーみたいだと思いました。)全体的にはがっかりという感じでしょう。
最後に、キリスト教の知識とかがなくて、映画の原作によってはじめてキリスト教のタブーに触れたとか陰謀史観の薀蓄に感動したとかいう人たちの視点です。これが私には想像不可能です。タブーや秘密をヴィジュアルに堪能できて満足なのか、本の方が信頼感をそそられて、映画は物足りなかったと思うのか・・・
今はスリラーでもレべルの高い映画がたくさんあるので、この映画はプロはもちろん一般観客を感動させるのは無理だと思います。ハリーポッターやナルニア国のほうがずっとまし。 私の訳した『聖骸布の仔』という小説にも映画化の引きがいくつかあるようなのですが、そっちの方が断然期待できそうです。しかし、カンヌ映画祭は一昔前はハリウッドから見向きもされなかったのに、今は、すごい経済効果をあげているそうです。ネオリベラリズムの行き着く先がカンヌ映画祭のダ・ヴィンチ・コードかと思うとショックです。宣伝って何?金って何?ベストセラーって何?という感じです。
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