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おしゃべりルーム
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河井道とボナー・フェラーズ
>戦後の世界情勢が冷戦に向かわなければ、唯一の被爆国ということで日本がクエーカーのような「絶対平和」原理主義を掲げる道も可能だったかもしれない
ああ、そう思われますか…いや、「たられば」でものを語るのは好みませんが、マッカーサーの副官として日本にきたボナー・フェラーズという将校がクエーカー教徒だったそうです。
また河井女史はミッション校を卒業後、戦前にアメリカのクエーカー系の大学に留学をされています。人脈としては新渡戸稲造につながりますね。その留学時に河井道・一色ゆり女史とボナー・フェラーズは学生として会っています。帰国後、河井女史はそこで学んだ知識も生かし恵泉を立ち上げられましたが、ご時世でなかなか苦労もなさっておられた。しかし、
わたしのランターン(河井道自伝)
http://www.keisen.ac.jp/gakuen/gaiyo/index.html
(以下引用)
わたしの学校!それはどういう種類であるべきだろう。・・・・・戦争は婦人が世界情勢に関心を持つまでは決してやまないであろう。それなら、若い人たちから―それも、少女たちから始めることである…」
(引用ここまで)
と、大変強い信念のもと、困難もありながら学校運営をし、自ら教育に携わっておられたようですね。
例えば、御真影を掲げることの拒否、偶像崇拝の拒否などで当時の当局からは睨まれていたのですが、そういった学校に娘さんを任せるこころになったご父兄の方々は、決してクリスチャンばかりではなかったようです。お手洗いまで掃除が行き届いているなどといった細かい心遣いの部分に感銘を覚えられていたという卒業生の方の証言がありますね。この本は、こういった教え子の方々の証言が豊富で、歴史・政治問題に関心の無い方でも、きっと教育者・河井道について興味深く読まれることかと思います。と申しますか、一人の信者、一人の教育者の生き様を通じ、また証言者の発言を通じ、違った視点から日本近代史が見られる貴重なものと思います。
河井・一色ゆり女史とフェラーズがやっと再会出来たのが、マッカーサーと昭和天皇が会うわずか4日前のことといいます。フェラーズ側の「天皇の処遇について、仮に処刑となったらどう思うか、日本人はどんな反応を示すか?」という質問に対し、「日本人はそのような事態を決して受け入れないでしょう。もし陛下の身にそういうことがあったら私がいの一番に死にます」と河井女史はこたえた…保守系のサイトでは主にここを抜粋されているようですが、多分、信者として見るべき点は私は違うと思っております。もしかして、キリスト教文化がベースにある方ならすぐに気付かれるのかも知れませんが。フェラーズが問題と思った日本兵の残虐行為、それを河井女史は「私たち日本人は神を持っていない、ということをお忘れにならないでください」といったこと、ここがコアな部分だと思われます。故に、フェラーズが懸念したのは「神なき日本」のことですね。その救済のためにキリスト教化を考えたようですから。その理由については、チマッティ神父さまがご覧になった日本人の宗教観に通ずるところを感じます。ただし一神教を理解できない方は、どちらの見解も大変に不快に感じられるようなのですが…。例えば、フェラーズの報告書の中には、
「戦争における日本人の残虐性は、精神的なよりどころとなる神が存在する西洋と異なり、そういった神が存在しない日本の宗教に起因するものである」「黄金律に敬意を払わない」
と書かれたものがいくつかありますので。これ、果たして日本人のキリスト教信者が、例えば今の信者たちが全く同じように考えられるかな、という部分もあるのです。
たしかに日本人、今でも「空気に弱い」とは思いますが…これは自省も含めまして。一色に染まってしまいやすい。そういうところを自覚し、いろいろな方の見解を拝読させていただいたうえで、未熟でも自分で考えていく、これが重要なことかと常々考えさせられております。
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