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おしゃべりルーム
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流れ着いた梅
ここでは初めてと思います。よろしくお願い申し上げます。
>管理人さま
チマッティ神父さまの戦中の書簡を拝見し、特に上智大学事件と同年に発生した大分不敬事件の収拾、書簡一つ一つ拝見しますと、当時カトリック教会が置かれた状況、また一つの「迫害事件」と言われることのなかに教会の中の問題も絡んでいたことなど、読んでいて大変に胸が痛みます。
大分の場合はカテキスタが不用意な発言をしてしまい、それが伝言ゲーム形式で思わぬ波紋を呼んだ一例で、まだチマッティ神父さまの言葉を借りるなら「カトリックは容認されているが承認されてはいない」といった状況のなかでの奔走で、これはどなたがやっても苦しんだと思います。カテキスタに不満をもっていた信徒が警察でカテキスタに不利な証言をし、結局カテキスタ解任に至った、と。その信者同士のあまりの憎しみように、聖体拝領を禁じた…といったくだりは読んでいて絶句いたしました。
個人的には歴史の隠蔽方向ではなく情報公開の意図をもっての出版であろうと思いますし、だからこそ大変な傷をえぐる作業でもありますね。過去から学び、これからに生かすためにも有用な出版の一つと考えております。
さて、戦後も残った天皇制、これについては、カトリックの関与だけでもないかと。教育者・河井道女史(恵泉女子大創立者)の伝記「 陛下をお救いなさいまし―河井道とボナー・フェラーズ」にも詳しいところですね。拝見しますと、今の感覚とやはりズレを感じますし、クエーカーの方々とカトリックとのギャップも感じますが、実際に現在クエーカーの方々を知っておられる方がどう読まれておられるか、そこは興味ございます。また、その当時に於いて出来る「最善」と、現在の人々の目からみた「最善」とは同一なのか?という疑問も正直ございます。
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