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おしゃべりルーム
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セゴとサルコの対決の後
水曜日、セゴとサルコのTV討論があり、大統領選はついに後2日後に迫りました。『考えるタネ』にフランスのソシアルのことをUPしときました。水曜の討論は2000万人が視聴したそうで、カフェや学校の教室に集まって見る人もいて。ワールドカップの決勝戦の中継みたいだったそうです。中学校では、家族そろってこの番組を見た生徒が90%以上ということなので、教師が教室で特別に取り上げるところも多かったようです。リセはもちろん。でもセゴ派もサルコ派も、中学レベルでは、まさにサッカーティームの応援と同じで、生徒たちが衝突するような深刻さではないゲーム感覚だとか。
そう、それを私は考えます。日本もそうですが、ヨーロッパという特権的な島の中で守られている今のフランスにとって、左翼がどんなにサルコを悪魔扱いしたところで、イスラエルやパレスチナやイラクやイランやスーダンなど、その他、内戦や原理主義や戦争、テロ、ルサンチマンの支配する地球上の主義や多くの国での支配者交代のような重大なことは起こりえない。サルコがたとえ54%で大統領になっても、彼を批判する48%の言論や活動が弾圧されることはあり得ないし、今までの右派の大統領たちのように、いったん権力を手に入れたら、サルコもひょっとして意外に無害になっていくかもしれません。6月の下院選で左派と中道左派が連立でマジョリティを取らないとも限らないし。
そういうことを考えると、今フランスのインテリ左翼たちが早々と絶望して、サルコになったら、もうフランスの終わりだとか、この国から逃げると言うのは、もっと危機的状況にある世界中の国に対して失礼だと思うんです。むしろ、アメリカイズムの波にいったん呑まれても、どうやってそこから立ち上がり、フランスの理念を死守していくのか、という執念を見せるべきだと思います。私の親しい友人たちの中には、サルコが大統領になったらUMPに正式に加盟しようといっている人までいます。つまり、UMPに潜行して内部からミスリーディングして破壊しようという作戦です。
フランスはフランス革命からずっと波風なく信念を持ってユニヴァーサリズムの理念を押し通したわけではない、それどころか、恐怖政治、ボナパルティスム、王政復古からペタン、アルジェリア戦争、いろいろな誘惑、過ち、狂気、運命に翻弄されてきました。然し、ユニヴァーサリズムの最良の部分の火種は必ず残って、それなしにはフランスの「偉大さ」はあり得ないとの自覚が最終的にはいつも軌道修正に向かわせました。
確かに、だからこそ、サルコのような強者富者の友人、メリトクラシーを掲げる男がまさかここまで駆け上がるとはインテリ左翼にとって「想定外」だったわけです。これは、アメリカもちょっと似ているのですが本来貧しい人の味方のはずの民主党が「都会のエリート」になって民衆から遊離して、地方の人が金持ちと癒着している共和党を支持してしまうように、フランスでもインテリ左翼のエリート臭が人々を遠ざける傾向につながったわけです。その意味では、セゴのポピュリズムとバイルーの田舎くささのコンビネーションは、これからしぶとく力をつける可能性はあります。
さて、水曜のセゴ対サルコの対戦ですが、NETでも全部見ることができるので、興味のある方は見てください。この分析で、おもしろかったのは、『政治のジェスチュエル』の著者による、100%ジェスチュエルから見た感想です。つまり話の内容でなく、そとに見える部分だけ。
彼によると、3対0でセゴの勝ちなんだそうです。いろいろありますが、たとえば、セゴは終始一貫サルコの目を見て話した、見るというより見据えてましたが。それに大してサルコは目を伏せるか司会者の方を見て話した、首が肩に埋まっていた、というのです。
私はこれはいいなあと思いました。TVをみてた人の半分以上はすでにどちらを応援するか決めている。この討論で決めようとしていた人の半分は、中味を聞いてない、雰囲気で判断するはず、それならジェスチュエルの見地でセゴの完勝というならセゴ票が増えるかなと・・
ところが、そうでもないようです。いくら中味を聞いてないといっても、フランス人ですからフランス語は分かります。中味を聞いてない人たちは、ジェエスチュエルだけでなく、ちょっとしたセリフは聞いてるんです。つまり、サルコが、「マダーム」と言って、持ち時間の超過の3分くらい、喜んでマダム・ロワイヤルに差し上げますよ、とか言ったせりふはキャッチしている。友人が、昨日の通勤電車の中で、若者たちが、「サルコジて、紳士だね、礼儀正しいね、優しいね」と話してるのを聞いたそうです。
このサルコ・セゴ対決では、サルコは守りに徹して「すぐ切れる、高圧的」という評を打ち消して、すでにリードしている差を守って逃げ切ろうとした、セゴの方は挑戦者の勢いを見せ、サルコを挑発しようとし、自分の強さをアピールした、というのが大方の見方でした。でも、前述のジェスチュエルの専門家の見立てでは、サルコがああいう態度(目を見ない、首をすくめる)をとったのは、相手が女性だったから、というんですね。サルコは女性が怖いのだと。確かに司会も男女二人でしたがサルコは男の方しか見てませんでした。
こんなこと言うと変だけど、奥さんを見て察するサルコの女性の好みからして、ひょっとして意識化でサルコはセゴが好きかも・・・対決に現れたセゴはとってもきれいでオーラがあって、魅力的だったので、美しさを抜きにして語れません。サルコのようなタイプは、「オバサン風」の女性を前にしたら、コンテキストによって、高圧的になるか、慈愛深くふるまってみせるかの気がします。でもセゴレーヌ・タイプの、「すべてを持って」いて、自信に満ちて「自由な女」と自称して、美しくしかも強い女の前ではコンプレックスを刺激されるか憧れを掻き立てられるか(それは表裏一体ですが)して、動揺するのかもしれません。
今朝のラジオでサルコが語るのを聞きましたが、それはもう自信に満ちて、立て板に水で、人権だ、ユニヴァーサリズムだ、と謳い、そこだけ聞いたら感動もののパフォーマンスでした。
私は、結構セゴが好きになってきてるし、かっこいいとも思えるので、迷ってる人には、国際イメージからしてセゴの方が絶対いいからそのためにだけでも是非セゴに投票をと勧めています。後はDSKとバイルーが何とかするからって。
では、内容的に討論のセゴに説得されたかというと、実はそうでもないです(サルコは問題外ですが)。特にセゴがお得意の分野、障害児童の就学について怒りながらサルコを攻撃したところ。セゴは社会党政府でこの件の直接の担当だったので、いかにもセゴが正しいと思えます。原子力発電の割合などの数字でセゴもサルコも間違ったとか、エラーの指摘や解説が翌日たくさんなされましたが(セゴが17%といったのが実は75%というのは私でも知ってましたけど)、障害児童の問題はだれも触れていませんでした。しかし、現政府が壊す前に障害児童の全就学が実現していたかのように話すのは完全な欺瞞です。この分野は私のこだわるとこなので、セゴのスタンドプレーには好感が持てませんでした。
今無神論について書いてるのでMichel Onfray のブログを定期的に読んでいるのですが、彼に白紙投票を決意させるほどのセゴ批判を読むと気持ちが萎えます。見ないようにしなくては。ここで白紙投票したら、それはサルコ支持につながるのに。誠実のあまりニヒリスト、アナルシストになる人も増えてます。NOのマイケル・トッドの分析はおもしろかった。
今はやや悲観的です。やはり、ノートルダムとかジャンヌダルクとかマリアンヌとか、女性シンボルを立ててるカトリック上がりの国では、男性支配者がそのシンボルの周りに群がるという構造を崩すのは難しいのでしょうか。メルケルはプロテスタントの牧師の娘。サッチャーもヒラリーもアングロサクソンだし・・・セゴが大統領になると、女性政治家のジェンダー・イメージを変えたり広げたりするいいチャンスなんですが・・
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