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おしゃべりルーム
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アベ・ピエールのこと
94歳のアベ・ピエール、98歳のシスター・エマニュエル、この二人はなんとなく不死身かなあと思ってたので、月曜の朝ラジオで、早朝に彼が死んだというニュースに私も驚きました。最も、彼は、元気いっぱいで階段を駆け下りる同年輩の日本のお医者さんと違って、最近は車椅子で、耳も遠く、言葉もはっきりせず、かなり痛々しく衰弱しきってましたから、ご苦労様と言うところです。折から、「ドンキホーテの子供たち」のサンマルタン運河テント作戦が実を結んで、いよいよ「屋根の下に住む権利」が基本的人権として認められ、路上生活者が市や国を訴えることができる法律が通過しそうなので、アベ・ピエールへのはなむけになったというところです。彼もほっとして旅立てたのかも。しかも彼の死んだ日から、フランスは急に冷え込んで、1954年冬のパリの凍死者が彼の戦いのはじまりだったことも想起されます。それにしても、いまや、住居対策は大統領選の候補者が右も左も優先的に掲げていて、彼が死んだとたん、右も左も我こそはアベ・ピエールの継承者みたいな顔をしていることは、滑稽ですが、フランスで一番人気のあった彼が、これだけ政治を動かしたということで、感慨深いです。月曜、活字のニュースを見たくて、午後にキオスクに出たばかりの夕刊紙『ル・モンド』を買いにいきました。これ、今出たやつね、と確認すると、化粧の濃い目の売り子のおねえさんは、第一面のアベ・ピエールの訃報に気づいて、「えっ! いつ?」と叫びました。「今朝五時半よ、肺炎で、もう一週間前に入院してたんですって」と私が言うと、「偉大な人だったね」と言い、「いつも弱い者のために戦う人が必要なのに、残念だ」と惜しがっていました。「でも、94歳か、十分がんばってくれたよね、使命感があれば人間は生きるんだね。生かされてたんだね」とも。新聞を手に帰る途中、今まで話したこともないキオスクの姉さんとさえ会話を成り立たせてしまうアベ・ピエールってすごい、やっぱりフランスのアイドルだったんだと改めて感心しました。「高齢なのにがんばってる」のが売り物ではありません。日本の高齢者有名人のように、「私もあれくらい年取ってもあれくらいがんばれるかもしれない」と高齢予備軍に希望(幻想?)を抱かせる人ではなく、アベ・ピエールやシスターエマニュエルって、普通の人はもう絶対真似できない、良心の代表者みたいな尊敬を勝ち得ていました。あの人たちをすばらしいと口にすることで、普通のエゴイストもかろうじて良心のかけらを守り、同時に、自分がふがいないとか、ヌルイとか、偽善者だとか怠け者だとかいう現実を認めることがまたわずかな良心の証しになるような、そんな存在だったかも。彼のことを、1954年以来、我々の日常の安逸に刺さったトゲだったと評した人もいます。
月曜の追悼番組で、1954年の運動の間は、睡眠時間2時間で、アンフェタミンを服用して生き延びてたとか、この世の悲惨と不公平に絶望して抗鬱剤を常用してたという証言を聞きました。そんな話を聞くと、戦うヒーロー像を汚すようで最初ちょっと複雑な気分でしたが、よれよれになってもがんばる生身の人間だったんですね。
IKU さんがメールで質問なさった、反ユダヤスキャンダルのことですが、あれは1996年のガロディ事件です。ロジェ・ガロディは元共産党員で、96年に『イスラエル政治の創生神話』といういわゆる歴史改竄本と言うか、ガス室はなかったという感じの本を出し、旧友のアベ・ピエールが推薦しちゃったんですね。ガロディはフランスでナンバーワン人気のアベ・ピエールを利用したかったんでしょう。アベ・ピエールは友情に目がくらんで信頼しちゃったんですね。でもレジスタンスの闘士(アベ・ピエールというのはその頃使った偽名が通称になったもの)でユダヤ人の子供を多く救った人ですから、非難されてからさすがにまずいと思って全面謝罪しました。これはしょうがないです。アベ・ピエールはなんといってもメディアを政治に利用した最初の人で、その意味ではまあサルコジの先駆者みたいな人ですし、すぐれたコピーライターでもあり、黒ベレーに黒マントという自分のシルエットをロゴにした戦略家でもあります。自分の人気や影響力も知り尽くして、それをすべて、弱者の救済に役立てた人です。マーケティングも知り尽くしている。修道院の中で祈ってる純粋無垢な聖人ではありませんでした。だから、いくら友情のためとはいえああいう軽率なまねをすべきではありませんでした。彼もそれを理解して、謝罪したのでしょう。彼はすでに一個人でなく、アベ・ピエールというブランドだったのですから。
女性司祭OKとか、神父の結婚OKとか、ホモのカップルOKとか言って、若い頃にアシスタントの女性と関係を持ったことまで最近の本で告白したり、カトリック教会にとってはちょっと問題ありで、パリ大司教も、「ほら、彼はもう年だから・・」とごまかしたりしてましたが、死んだとなると、明日はノートルダムで国葬だし、早くも聖人の列に加えられるにはどうするか、という話も出ています。マザー・テレサがスピード出世(?)で聖女への道を歩みすでに福者となっている例があるからでしょう。でも、アベ・ピエールは一度も誰にもいわゆる「布教」とか「宣教」とかはせず、教会的にはかなり異端児で、政治家(実際に下院議員もした)で社会活動家だったんですから、死後、カトリック教会がどこまで取り込めるかは問題ですね。彼は若い頃フランシスコ会系のカプチン会士(ブラザー・フィリップという名でした)で5年くらい隠遁の修道生活を送ったんですが、虚弱で共同体の生活に耐えられなくて、修道誓願をローマ法王に解除してもらって、司祭の生活に入り、グルエス神父となり、それから戦争とレジスタンスでアベ・ピエールが誕生したんですね。
ただ、今複雑なのは、彼がパリの路上生活者の悲惨を訴えた1954年よりも、現在は、路上生活者の数がはるかに多く、ますます悲惨な状況になってるんですね。戦後の色がまだ濃かった54年より今のほうが、社会はずっと豊かになってるはずなのに、その豊かになり方は、一方で貧困を生むような仕組みになっているわけです。豊かになればなるほど構造的貧困が生まれて、じゃあ、彼の戦いはいったい何だったんだ、ということになり、抗鬱剤を飲みたくなるのも分かります。しかも、です。アベ・ピエールのやってるソシアルはフランスという共和国の旗印(憲法の最初に、フランスは民主主義で、ソシアルだと明記されてます)なんで、彼がそれこそドンキホーテみたいにがんばることには、誰も面と向かっては、口をはさめなかったんですね。でも、フランスがあれだけ嫌ってるイギリスでは、サッチャーの保守改革の前と後では、路上生活者が十分の一になったというんですよ。それだけ比べても仕方がないですが、なんか、アベ・ピエールがかわいそう。マザー・テレサも、いくらがんばってもインドの政治的社会的改革にはつながらないと批判する人がいましたが、アベ・ピエールが人気がある限りフランスのソシアルがいつまでも社会の足を引っ張ってるとも言われそうで。もっとも、アべ・ピエールは弱者を助けるんじゃなくて仕事を与えるんだといっていました。誰でもそれなりにやることがある、尊厳とはそういうことだと。それで、日本にまで支部のあるエマウスの会が生まれたんですね。
聖書に出てくるエマウスは、そこへいく途上で弟子が復活のイエスに出会ったのに、気づかなかったという話です。それが、一緒に食事の席につきパンを分けた時、イエスだと分かった、人は食事を分かち合うときに始めて神に会うという話で、エマウスの共同体では誰もが分かち合い、役割を与えられます。『1954年冬』の映画でアベ・ピエール役を演じたランベール・ウィルソンは、ルポ番組で路上生活者に変装し、自分だとばれるんじゃないかと心配したが、誰も自分を見ようとしなかった、皆が視線をそらして、自分は存在しなかった、それが一番つらかったと、月曜の追悼番組で言ってました。アベ・ピエールは社会にとって存在しない人に、住居や毛布を与えもしましたが、何よりも、存在を取り戻させたかったのです。
アベ・ピエールのよびかけで、パリのメトロは夜、いくつかの駅を開放しました。今もサン・マルタン運河にテントが並び、家のある人が連帯のために寝泊りしたりします。アベ・ピエールの追悼で、弱者をアシストするのがフランスの尊厳でフランスの美だ、と言う記事も読みました。どこかの国の首都が路上生活者を追い出したり、国家の品格やら美しい国やらと声を上げているのと比べると、「路上生活者の尊厳を回復させることが国の尊厳なのだ」という国は、内臓の奥をすこしあっためてくれます。フランスの出生率が女性一人当たり「2」に回復したというのも、どこかそういう信頼があるからかもしれません。
アベ・ピエールの葬儀のある明日の朝は、パリはマイナス4度だとさっき天気予報が言ってました。アベ・ピエールという良心のトゲが、葬儀とともに埋葬されてしまわなければいいな、と思います。
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