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おしゃべりルーム
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今年もよろしくお願いします
竹下様、1月4日のお話に、思わず、そうだ??、そうだ、と手をうちました。元気印の日野原さんや寂聴 さんは、そりゃ、えらいでしょう。でも病人にはやりきれないことだつて、おおいんです。自称95歳のうつくしい腕みせられて、これをうつくしい、と思うひとばかりだと当人はおもつているんですかね。老人である私だって気持ち悪く感じます。やはり、老いは老いです。
????体はいやおうなく老いるん です。「あと10年は元気でとか、何歳までは、とか、偏差値みたいに数字を目標にするような生き方じゃなくてせいぜい今年一年いいものを社会に還元できるよう、しつかりやろうとはおもつています」と先生はお書きくださつています。胸がスーツとしました。私は若い人々の幸せを祈る毎日にしたいです。一年がぶつそうで一月単位ですが、、毎日思い出す限りの若い人々の顔をおもいだして、幸せをいのつていたら、いつお迎えがきても、満足!なんて、生意気にもかんがえています。
????能力のある人もいいですけど、病人だからこそできることもあるんですよね。じつと体の不調に耐えて、祈る。これつて、いままでできなかついたことなんですよ。うつになるか、祈れるか。その差は大きいですよね。
????先日アランをよんでいて、メランコリーのところでこんな文章に出会いました。アランは気は病からと考えるひとだからこういえるんですけど。「悲しみとは病気??にすぎず、いろいろ理屈や理由をかんがえたりしないで、病気として、我慢しなければならぬ。・・・・・もう人を責めたりはしない。がまんする。そのうちに心がやすまる。こうして、まさに申し分のない仕方で悲しみにうちかつ。祈りというものがめざしたのはそれであつた。なかなかうまいことを発見したものだ。対象の測りしれない大きさを前にして、すべてを知りなにひとつ見落とさないこの知恵を前にして、理解をこえるこの威厳を前にして、うかがいしれないこの正義を前にして、敬虔な人は思想を形つくることを放棄した。熱心に祈りをおこなつて、まもなく大いに得るところがなかつたということはおそらくあるまい。憤怒に打ち勝つことこれだけでもたいしたことだ」
????古くてもなんだか、こころに響くものがありました。
????時々あそんで、楽しんで、仕事には余裕をもつてあたれて・・そして、祈る。今年の生き方はそれですね。まあ・・けつこうじゃありませんか!お若いかたは私が祈つていることをあてにしていいですよ。ある神父さまの「本当の喜び、福音にたちかえりなさい 」というメツセージは神父様にしていえる??言葉です。ピシリと心にひびいてきたのは、やはり老いの知恵というものが私にもできてきたからかもしれません。
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