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24佐藤公則(管理者):2017/02/21(火) 22:28:55
Re: お尋ねの件
 ありがとうございました。

 ぼくは潜在意識みたいなところを遡って行ったときに、縄文の狩猟採集や漁労の博打性、計画性のなさみたいなところが割とぴんとくるのです。その日狩猟に出かけて、たくさんの獲物にありついた、あるいは空振りで手ぶらで帰ることになった。そういう恵みにありつけるか否かが日によって違うほうが楽しく感じられます。一方、農業というのは従事する人の努力次第というところがあります。毎日コツコツ努力することも必要です。
 つまり、後者についてぼくはちょっと分かりづらいところがあります。狩猟に出るときはイメージがあり、夢があると思います。わくわく感もあると思います。
 柳田国男を引いて、「農の感動」ということをnishiyanさんは言っておられますが、その部分がちょっとぼくには分かりにくいんです。実感的な部分で分かりにくいんです。
 それから、少し前から農が小さなブームになっていまに続いてきていると思いますが、あれこれ含めて考えて、みんなに持たれている農の魅力の本源は何なのだろうかというのが先の質問の根底にありました。ぼくがテレビなどを通してみたかぎりでは、定年後に農業をはじめた人の中で、農産物の生育過程に携わること自体を重要視しているタイプと、特定の種にこだわってこれを収穫し、それを食し味わうことに重点を置いたタイプとあるように感じられました。印象を拡大していくと、そんなふうに分けられるような気がしたのです。農の起源としては後者のタイプが近いだろうと思います。これは狩猟採集の側に立っても、なんとなく理解できるところがあります。ところが前者となると、一次的な食の欲望から離れて、いわば高次な捉え方がなされている。どうもこのあたりから謎が深まって・・・・。




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