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155
:
佐藤公則
:2017/12/21(木) 15:43:24
Re: 返信2017.12.19
前回の文章を読んでだいぶ理解が進みました。「自給性の生活が払底されてきた」という言葉で、シフトした生活者の位置と経済社会における潜在力の増大がよりはっきりと見えてくる気がします。変化については理解していましたが、ぼくはそこからの観点が薄かったかなと思います。全体としての認識は同じかと思いますが、nishiyanさんの文章はよく整理されていて、ぼくなんかが漠然と考えているところを分かりやすく表現してくれていると思います。
で、nishiyanさんは、「わたしの行動提起は、生活者のその自然な行動を意識的なものに転位させたい」と眼目を述べていらっしゃいます。いわば無意識的な有り様を意識的なものにさせたいということですね。ここも、分からなくはないです。ただ、ここのところを意識するということは関係性とか、経済社会構成を理解するという意味になるかと思います。すると、そこでは啓蒙的にやっていくほかないということになりそうです。
ただ、このように考えてきますと、「消費を控える」という具体的な行動の指針の言葉と、どう関わってくるかということがよく分からないのです。もっと具体的にいうと、理解のところですましておけばいいじゃないのかということなんです。今の段階ではそこのところでいいんじゃないのかと。
そこから次の段階として、現政権を批判する際の手段としての経済力の行使、つまり消費の抑制という形で展開することが可能になるということが出てきます。ここのところもよく分からないんですね。現在のように経済のパイが縮んだところで、どれほどの効果が認められるかということです。当分のところ歴代の政権は経済不況に汲々としてきました。生活者層もまた自衛的になることを余儀なくされてきています。消費の抑制を余儀なくされてきたという実際があるように思います。こういう状況下では「消費を控える」という行動の指針は、それほどの効果が持てないのではないのかというのが、ぼくなんかの理解の仕方です。 どんな政権も、生活者が行動を起こす前に、すでに汲々とせざるを得ない状況にあるわけです。そしてどの政権も打開など出来ないというのが先見的だとぼくは思っています。安倍政権は旧来通りの政権の内で、最後の政権といってもいいような、がむしゃらな打開策を講じている気がします。ぼくはだめだと思っていますが、いわゆる悪あがきなんだと思います。もちろんこの悪あがきさえほかの政権ではやれませんでしたから、ある意味では考えられることは考えつくしてやっているように見えます。何もやらないことにくらべるとやっているように見えてしまいます。それがおそらくは支持率が低下しない理由かと思います。支持といっても消極的な支持なのでしょう。しかし、経済効果は一部の領域、分野にしか波及されないようですから、早晩、退かざるを得なくなることは目に見えているという気はします。悪あがきにも限度はあります。
少し論点がずれたので元に戻しますと、現在の状況下で、「消費を控える」呼びかけはやはり難しいことのように思えてなりません。じゃあ、いつなら遣れるんだというと、分かりません。吉本さんの分析に対し、理解と共感は持つのですが、実効性の問題として考えると、腰が引けます。これまで為されたことがないことですから、誰がどのように、どんなときにやればいいのかさえよく分からないのです。そこのところでnishiyanさんの言動に注目してきました。何かまた考えがあれば教えてください。
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