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欠陥コピペ王
85
:
資料管理請負人
:2015/02/11(水) 09:34:35
貧困の風景
◆2015年第一回の月刊書評もギ糞まみれの茶色に染まった。
◆曾野綾子と言えば週刊金曜日、佐高信だ。佐高氏の彼女(彼女ら)への批判の論調に追
従しているだけに見える。*参考「週刊金曜日曾野綾子批判特集」
◆いつものように、前書きが主題なのか、書評が主題なのか良く分からない。
どちらも冗長になりがちで焦点がぼやけるが、「とにかく」に続く二三行だけ読めば十
分である。
年の初めのコピペ書評
茶 シニンによるコピペ文章
青 原本(他者がネットに書いた文章)
今月の本?? 投稿者:月刊読書人?? 投稿日:2015年 1月31日(土)21時47分
山本早苗、小川恵理子。読者は誰のことかお分かりだろうか。(中略)
とにかく私は二人を、上記稲田朋美を含めて「自民党女議員右翼ゴロ三人衆」と読んでいる。
さて今月の本を紹介するために、なぜこんなことを書いたかというと、この3人と同じようなことを度々発言している女性作家のことを言いたかったためである。
それは曽野綾子。
選択制夫婦別姓はもとより、昨年の従軍慰安婦についての朝日新聞バッシング、はては南京大虐殺の全面否定、沖縄戦での日本軍の事実歪曲などことごとくネトウヨがやるような歴史修正主義的発言を繰り返している。
貧困の風景 曽野綾子 著(新潮文庫)
著者は笹川良平の後を継いで9年間「日本財団」の理事長をやっていた。この財団は競艇などで儲けたカネを世界の国々や日本のあちこちの組織にばらまいている財団である。
?本書は、たぶんこの職務のときに世界各国を回って義援金や救援物質が現地でどのように使われているか、その正当性を確かめに行ったとき目にした絶望的な貧困の状態を記したものであろう。
?中近東、アフリカ、南米と一般人がほとんど行くことのない場所をたんねんに見た紀行でありルポルタージュでもある。
特にアフリカの貧困と言うのは、日本に住んでいる限り想像できない凄まじいもので、その実情を知るだけでも本書を読む価値はある。もっともそれだけのことだが。
例えば、(中略 文中引用、各種サイトにも引用あり)
?仮に下々の人にセーターやシャツが届いたとしても、それらを着ないで売ってしまう。売った金でパンを買って食う。
貧困というのはまず食物へ殺到することだと著者は断じる。
これは単なる一例であるが、世界のあらゆる貧困地帯を回って事細かにレポートする。だがどうも鼻持ちならないのは、上から見下す目線であり、対象との一定の距離感を持ちながら見ていることだ。要するに恵んでやっているのだからなんでも正直に話しなさい、見せなさい、といったスタンスだ。
? それと著者が言いたいのは日本との比較らしい。政治家にしろ、学者、評論家というのは直に歩かないで、ろくすっぽ現実を見ないで「さもありなん」みたいにしゃべる。
?つまり 「日本人はこんな貧困の風景を知らないだろう。でも私は見た、知っている」という書き方が本書には随所にあり、正直いって鼻につく。
例えば、P175“社民党の福島瑞穂委員長が小泉首相に格差が助長されていると詰め寄る。凄まじいアフリカの格差社会を知らないからこういう質問をして平気なのだ”“そういう人は、電気のない干ばつのアフリカででも生きてみたらどうか”と的外れなことを平気で書いている。
アフリカよりマシだから日本人は甘い、恵まれているというロジックはまったく以て意味をなさない。作家としての想像力と論理が一面化、硬直化しているのだ。
本書が扱う貧困とはアフリカを主とした途上国のもので、日本を始めとした先進国の貧困とは次元の異なるものである。前者と後者を同じ言葉で括るのは無理があるのだ。
? また難癖を付ければ、本書の場合、結論の持っていき方がよくない。すなわち、日本の読者に対し、相対的に不幸な他者の境遇を突きつけて、相手の置かれた困難、現状の問題点から目をそらさせ、我慢と肯定を強いる。
現地でのエイズ問題についても繰り返し言及しているが、もしそれを薬害エイズや水俣病患者に対してアフリカの虐げられた患者のことを考えればたいしたことない、というようなことを言えば、どんな気にさせるかも、著者にはわからなかったのか。
それに、日本の一般国民が現状に我慢したところで、貧困国の苦境が解消されるはずもあるまい。その結果、得をするのは我慢そのものを絶対的に免除されている、ごく一握りの階層―すなわち日本のような富める国の既得権益層だけである。実は、日本の権力筋もその片棒を担ぐグローバリゼーションこそ、貧困国をさらに追い詰める原因となっている。もちろん日本の一般国民もまた犠牲になっており、どちらもともに不幸だ。
もとより貧困国の苦境も、あながち対岸の火とはいえない。仮に巨大地震が首都圏を襲った場合(たとえ奇跡的に全ての人命が助かったとしても)極端な中央集権構造と低い食糧自給率が祟り、日本も貧困国と同じ状況に陥るやもしれぬのだ。
とにかく当初述べたように、世界の極端な貧困を知るにはいい本ではあるが、その貧困についての著者の見方、視点、理解力などについては、作家としての想像力のお粗末さをいかんなく暴露している書ともいえよう。
【コピペ元】
?.ゆうゆうハイカー氏 2013.01.16
http://wataruzukyeen.jugem.jp/?eid=557
曽野さんは小説を主にお書きになっているがこの『貧困の光景』がベストであるとぼくは思う。
?キリスト教関係の福祉事業に従事する作者が、集めた義捐金や救援物資が現地でどのように使われているのか自分で行って確かめるという内容である。
?中近東、アフリカと一般人がほとんど行くことのない場所をたんねんに見た紀行でありルポルタージュである。
?下々の人にたとえばセーターやシャツが届いたとしても彼女はそれを着ないで売ってしまう。売ったお金でパンを買って食う。
貧困というのはまず食物へ殺到することだと曽野さんは断じる。
? アマゾンブックレビュー
投稿者??golli??投稿日 2009/1/11
絶対的貧困を知る上では良書だが
絶対的貧困の光景を強烈に理解する上では良書。
?ただし筆者のメッセージはどうも日本との比較らしい。そして残念ながら日本に対する視点があまりにステレオタイプなものに留まっている。
?“日本人は知らない。でも私は見た・知っている”という主張が随所にあり、正直いって鼻につく。
ピークはP175“社民党が小泉首相に格差が助長されていると詰め寄る。凄まじいアフリカの格差社会を知らないからこういう質問をして平気なのだ”
“そういう人は、電気のない干ばつのアフリカ…生きてみたらどうか”
下を見てどうする。アフリカよりマシだから日本人は甘い・恵まれているというロジックはまったく以て意味をなさない。
個人的には「格差格差」と叫ぶ主張には同意できないが、筆者のような反論では一利もない(害もないかもしれないが)。
一般理論を知らず、現場のみを見て一般論化しているルポのレベルを超えられていない。
ただしやはり貧困を考えるうえでは良書。涙した章もたくさんある。
? アマゾンブックレビュー
投稿者??T.H.??投稿日 2008/3/9
犠牲の累進性!
本書にて描かれる悲惨な「光景」に対しては、同情する以外にどうすることもできない自分の無力さ、やるせなさに、怒りさえ覚えるというのが率直な感想だ。
? しかしながら本書の場合、結論の持っていき方がよくない。すなわち、日本の読者に対し、相対的に不幸な他者の境遇を突きつけて、相手の置かれた困難、現状の問題点から目をそらさせ、我慢と肯定を強いる―これを犠牲の累進性という。例えば、現地でのエイズ問題についても繰り返し言及しているが、もしそれを「犠牲の累進性」という形で薬害エイズの被害者に突きつけた場合、どんな気にさせるかも、著者にはわからなかったのか。
それに、日本の一般国民が現状に我慢したところで、貧困国の苦境が解消されるはずもあるまい。その結果、得をするのは我慢そのものを絶対的に免除されている、ごく一握りの階層―すなわち日本のような富める国の既得権益層だけである。実は、日本の権力筋もその片棒を担ぐグローバリゼーションこそ、貧困国をさらに追い詰める原因となっている。もちろん日本の一般国民もまた犠牲になっており、どちらもともに不幸だ。
もとより貧困国の苦境も、あながち対岸の火とはいえない。仮に巨大地震が首都圏を襲った場合(たとえ奇跡的に全ての人命が助かったとしても)極端な中央集権構造と低い食糧自給率が祟り、日本も貧困国と同じ状況に陥るやもしれぬ。何より現時点でも、社会的地位の優劣による対立構造や、社会に「公共の利益」が成立し得ないことで、彼我は共通しているといえる。
権力が、すなわち公然たる不正を、暗黙のうちに行う権利となる―それをわかっているなら、自国においても(グローバリゼーションを推進する)権力筋の加害性をまず問うべきであり、一般国民に対し「精神の貧しさ」を問うなど、お門違いも甚だしい。著者の援助活動には頭が下がるが、だからといって本書のような執筆スタンスは許されるべきでない。
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