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欠陥コピペ王

44資料管理請負人:2014/12/01(月) 01:28:24
美しい国日本  
『美しい国へ』       安部晋三 著(文春新書)

私の知人にある大手出版社の編集部長をやった人がいる。彼が「芸能人、スポーツ選手、政治家などが著者となって出版される本の90%以上はゴーストライターが書いたもの」と話していたことがある。
この本も目次を見ると「ナショナリズムとはなにか」「少子国家の未来」「教育の再生」といった具合に結構まともなテーマを扱っている。
さすがに誰か優秀なゴーストライターを雇ったのだな、と思いながらページをめくってみたら・・・・・。
読後感を一口で言うのなら、浅慮で浅薄で皮相で一面的というご本人の持ち味が遺憾なく発揮されている本だ。私の期待を裏切らない書きっぷりはさすがである。

もう少し詳しく言えば、「美しい国へ」という本は、著者(安部晋三)同様、見かけだけはいいがまったく内容のない本である。想像力を豊かにしたり、感性をゆさぶられたりすることも当然ながらまったくない。
著者が首相にならなかったら見向きもされなかった本だろうが、なにしろ今は日本の最高権力者である。またこの本はすでに30万部も売れていてベストセラーともなっているとか。そういう意味では非常に危険性のある本なのだ。

確かに文学者と政治家の書く文章には当然違いはある。しかし、政治家であるのなら、大義や名目だけでなく自らの政策を明らかにしてこそ意味がある。この本では美辞麗句の羅列だけで政策論もなし処方箋もなし、かといってその名目だけでも着飾られただけで、読者に感動を与えたり想像力を惹起させるということもない。要するに味も蓋もない本なのだ。

本書には自分の祖父である岸信介を称える文章がよく出て来る。例えば5歳の頃「60年代、あれだけの安保反対運動のなかで祖父が毅然としたゆるぎない信念で安保条約を遂行したことは幼い私でもいつまでも脳裏に焼きついている・・・」云々
この男には5歳の時(当然安保条約とはどういうものか、非民主的な手続きで国会を通過させたことなど分るはずはない)の精神年齢で止まってしまっているのではと勘ぐりたくなる。
ましてや岸信介が30年代、40年代に満州国の建国(植民地化)で果たした役割、太平洋戦争開戦への東条英機と並んでサインをしたこと、東京裁判でA級戦犯になったこと、戦後朝鮮戦争勃発による米国の対日政策の変更で刑務所を出られたこと、戦後政治家として復帰するも、右翼やヤクザ、うさんくさい資本家との黒い噂が絶えず「昭和の妖怪」と言われていたこと、このようなジイサン(岸信介)の負の面については、まったくノーコメントである。

また自分についても北朝鮮による拉致問題でいかに活躍したかの自慢話に始まり、それを支持しなかったマスコミを批判、経済制裁には大きな効果があると南アフリカの例を持ち出す。
そうかと思うと「歴史を振り返ってみると、日本と言う国が大きな変化を遂げるのは、外国からの脅威があったときである」と話はいきなり幕末に飛ぶのだ。
なのにまた現代に急旋回してきてトム・ハンクス主演の映画「ターミナル」を引き合いに出して、国民はパスポートを持つことによって国家の保護を受けられる、無国籍には存在できないと卑近なことをのたまった後に突然「はたして国家は抑圧装置か」という高尚な問いが立てられる。そしてこのことから「靖国問題」に行き着くのだ。
縦横無尽に時空を越え、味噌も糞も一緒の無節操ぶり。すべてがコピー・アンド・ペースト、つまり誰かが言っていることを、歴史的背景や文脈から切り離して都合のいいように切り貼りしているにすぎない。著者自身の思想や思索の軌跡はおろか、政治に傾ける情熱の片鱗すら見られない。しかも薄っぺらであるがゆえに、まっすぐでまともな批判が届きにくいという不思議な構造をも作り出している。

本書の「はじめに」で「わたしは政治家を見るとき、『闘う政治家』か『闘わない政治家』という見方をする。私は常に『闘う政治家』でありたいと願っている」とある。
しかし一体この男は何と闘っているのか、(本書においても)それがはっきりしないところが問題である。北朝鮮によるミサイル実験のあと「敵基地攻撃論」をぶつくらいだから北朝鮮へ戦争をしかけるのが『闘う政治家』と思っているのだろうか。

小泉前首相が抵抗勢力という言葉で反対勢力を名づけて自らの存在感をアピールし大衆に受けたように、この安倍なる男、仮想敵をつくってでも「闘う」姿勢を演出しようとしているのだろう。そんな癖を持つ男が最高権力者のポストにいるだけでも恐ろしいことだ。
継ぎはぎだらけの浅慮な首相ゆえに、あした「敵」に指名されるのは私かも、あるいはあなたかもしれないのだ。

少々長くなってしまったが、自分の経験や考えに疑問さえ持ったことのない男が首相にまでなったことは、日本政界の悲劇というより喜劇なのかもしれない。私のフラストレーションもますますつのってしまう。
それをいくらかでも減じる為には本書はカッコウの攻撃材料である。内容についてはほとんど批評できなかったが、本書がいかに情緒性だけの本であるか、まともな読者だったらすぐに分かる。
一国の首相としてよくもこんな見かけだけの内容の本を出版したことを恥ずかしく思わないのだろうか、もちろん読者がこんな思いに襲われるなど、とても本人は分かってはいないだろう。


*吟遊詩人が言の輪上で復刻。作成年月不明 2007,8年?




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