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欠陥コピペ王
27
:
資料管理請負人
:2014/10/09(木) 09:26:31
情念
◆「情念」と言う言葉は大王以外では殆どみあたらない。あるとしても数件で、しかも引
用文の中だったりする。
大王の書評も実質引用ではあるが、「情念」という言葉に結びつきやすい本を好む傾向
にあるということは言えなくもない。
◆同人作品「恋情の海」の合評二つが面白い。前者と比べてみると、大王はこの作品を評
価できるのは自分だけだと言わんばかりに、著者と主人公に感情移入し、情念の赴くま
まに感想を述べているように見える。 (各々全文掲載)
【情念】
大辞林
深く心に刻みこまれ,理性では抑えることのできない悲・喜・愛・憎・欲などの強い感情。
大辞泉
感情が刺激されて生ずる想念。抑えがたい愛憎の感情。「―の炎を燃やす」
<抜粋>
書評をひとつ 投稿者:月間読書人 投稿日:2002年 7月18日(木)10時06分33秒【落書き帳】
日活ロマンポルノ全史 松島利行 著(講談社)
60年代、70年代の頃は、東映任侠映画や日活ロマンポルノ映画はよくみたほうである。前者では、スクリーン上での高倉健、鶴田浩二、藤純子らが演じる侠客道の情念、血と暴力、滅びの美学に拍手を送り、後者では、単なる劣情心をそそるピンク映画と違い、当時の時代相を象徴的に詰め込み、性や風俗をシニカルにあるいはコミカルに描かれていたことへの共鳴と、若さ故の性への強烈な関心と刺激とが相まって、よく観にいったものである。
今月の推奨本 投稿者:月刊読書人 投稿日: 2003年9月30日(火)20時50分【落書き帳】
『おんな 愛 いのち』 ―与謝野晶子/森崎和江/ヘーゲル― 園田久子・著(創言社)
二部・“架橋・女から女たちへ”では、森崎和江の女・性の言葉をとおして彼女を望視し、あがめ、もがき、そして自らの生や性への衝動や情念の正体をみすえようとする。何よりもこの章は、著者自身の詩に始まり、詩で終わっている。著者の情念がほとぼしるようなドロドロしたこのような詩に接すると、著者自身のただならぬ貌が垣間見えてくるようであり、生半可な生ではなかったことがわかる。
恋情の海を読んで 投稿者:赤松次郎 投稿日:2010年 2月 4日(木)16時31分
古い規範がまだ頭の隅にしっかり隠れているのか判らないが、この手の話は元来私は苦手であるから、出来れば見て見ぬふりしてそっと通り過ぎたいと思うのだが、いくつかの疑問点が見つかったので書いてみた。
先ず人に対する恋情なるものが、例えばプラトニックな愛とか、単なる欲情だとかのいろいろな形態を列記してあるが、自分なりの一定の見解もなくただ思いつくまま書いてあるに過ぎないように思える。
主人公は娘にたいしてある時から恋情を抱くのだが、作者はそれが既成の事実とし済ましているようであるが、なぜどの部分にどのような人格にといった詳しい記述が私は描いて欲しい、またそれがこの小説の重要なテーマとして一番面白い部分と思うのだが。それとも主人公がいろいろの形の愛があることを認識するという意図の小説なのか。それとも主人公が古い規範のなかで、自分の情念の不道徳さに悩み、異常な愛の少数派の苦悩や苦痛に共感し理解出来るようになったことが主なテーマだろうか。とにかくいろいろのもりだくさんの恋情が描いてあって、主人公はその混沌の世界で溺れそうに見える。
とまあ、憎まれ口を沢山叩きましたが、このようなジャンルのものを書けない私の「曳かれ者の小唄」「減らず口」「田作の歯ぎしり」と思ってください。あしからず・・・。(全文)
恋情の海(その1) 投稿者:吟遊視人 投稿日:2010年 2月 5日(金)23時09分
いつものこの作者の「愛の形態」「愛のあり方」を問う作品であるのは間違いない。だが単純に「愛」だけを問うだけでは済まされないシビアな問題提起や性に限らず人間の業みたいなものを暴きだしてくれる作品とも言える。
「愛の形態」や「愛のあり方」としての近親相姦的愛、それも娘への強烈な肉欲を伴う愛情を題材にしている。私の場合で言えば、娘の裸を見た経験もそのような感情に陥ったこともないので、うまくは表現できないが、この作品の中で描写されている「私」の心理や感情表現は誇張がなく作為的なものもなく素直に理解できると思う。
特に感心したのは、情緒的に娘への欲情を吐露するだけではなくて客観的に自らの感情を分析する視点も持っていることである。このようなスタンスは欲情小説のインパクトを弱める危険性もあるが、今回の小説はその微妙なバランスの上で成り立っているとも言える。つまり露骨な絡み合いの描写をするわけでもなく、かといって論文調、エッセイ風の書き方ではなくて純文学的体裁を整えている ということだ。
ただこのような愛の形を考えるとき、私の想像力の中では、このような心理や欲望は、小さいときから溺愛し自分と血がつながる娘であるゆえに生じるものなのか、それとも成人した男性の美に憧れる生理的な欲望の一種なのかと思ったりする。
どちらも同じさ、と言われそうだが、私に言わせればこのような欲情は対象となる女性の特性によってもたらされるのか、それともそれを見つめる男の中のDNAのようなものに規制されるのか、と言ってもよい。
そのようなことを考え、突き詰めていくと、なぜかしら近親相姦という関係は人間社会での究極の愛の形態、信頼と安心の中で最も確実な(裏切らない)情念を燃焼できる愛のように思えてくるものだ。
次回はこの小説で考えさせられたことを書いてみたい。(全文)
『草茫々通信』 投稿者:吟遊視人 投稿日:2010年 7月 6日(火)21時53分【万華鏡】
私にとっては「河野信子」という女性は非常に懐かしい名前である。というのは私が学生時代、彼女は当時福岡市在住で大学新聞や西日本新聞、他リベラルな月刊誌に数多くの論文や時評を載せておられ、「すごい文章を書かれる方だな」という思いがあった。はっきりした記憶はないが、単に思想とかイデオロギー的視点ではなく、人間そのものが持つ「情念」や生活感からの発想が根底にあるような文章だった。
一枚のハガキ 投稿者:吟遊視人 投稿日:2012年 8月 3日(金)21時53分
主演・大竹しのぶが、戦中、戦後を生き抜いた女の情念を見事に演じきっていましたが、やはり新藤監督の終生のテーマであった戦争への怒り、戦争の非人間性という主張が貫かれている映画だったと思われます。
今月の本 投稿者:月刊読書人 投稿日:2013年11月 1日(金)00時20分【万華鏡】
8月の本として岸恵子の「理なき恋(わりなき恋)」というのを紹介したが、この小
とにかく京都を舞台に一様に問題を抱えていながらも、京女たちが秘めやかに花咲く、情念溢れる物語である。
引きこもり 投稿者:吟遊視人 投稿日:2014年 4月13日(日)00時12分
仮に夢が願望や不安、憤懣、恐れなどその人の持つ情念の世界の反映だとすれば、やはり康子にとっても現実世界から逃避できていないことになる。
人間誰しもどこか人間の深層心理ではまとわりつくような現実世界のしがらみや関係から自由でないことを作者は言いたかったかもしれません。
いずれにしろ、色々な題材を取り入れて実験的小説をものにしている亮子さんの創作力がまたまた発揮されたということでしょう。
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