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欠陥コピペ王
26
:
資料管理請負人
:2014/10/09(木) 09:12:25
定義集
◆本題名と著者・出版会社に続く文章は朝日出版ウェブからのほぼ丸写しと、もう一つが
大江が連載中の出来事については、「ひまわり博士のウンチク」の名のブログの丸写しで
ある。(大王の色を出した箇所(斜め文字)は変更箇所)
◆「文章力はピカイチ」「本題ではその本の重要な部分の抜粋を使うと同時に自分の受けた反応なども加わってとても興味深い展開が繰り広げられています」。との絶賛投稿があった。Sは例としてこの大江作品の紹介に感動したと書いている。
文章力ではなく「コピペ力」(適当な文をネットから探す力+繋ぎ合わせていく力+若干の加工を施しみせかけの独自性を持たせる力)ではないか。
茶:コピペ箇所 青:底本箇所 緑:底本/著者
コピペ作品
今月の本 2012年10月31日(水)22時07分
50年ぐらい前の学生時代の話であるが、博多に住んでいた私は、小・中学時代の親しい友がいる東京へ、休みを利用して何度か遊びにいったことがある。その友の一人である同じ佐高11期生の渡辺一夫さんが「AA(アジア・アフリカ)作家会議」の中の「アフリカ行動委員会」という南アのアパルトヘイトに反対する市民運動グループに属していたため、一緒にこれらのグループ会議に(賛同者みたいな形で)参加していた。
あるとき、渡辺さんから、「今日はAA作家会議のメンバーである大江健三郎さんとの懇談会があるので、ぜひ一緒に行こう」と誘われたので喜んで参加した。
当時の大江さんは学生時代に「芥川賞」を受賞し、いわゆる芥川賞作家として著名であったが、他方「核」や「沖縄」の問題については意識的に発言し市民運動にタッチしていた。当時から「行動する作家」として世間に知れていたが、その後の大江さんのスタイルやスタンスは今でも一貫している。
その時の大江さんの話は、日本若手作家会議のグループで中国を訪問し、毛沢東と握手したら、その手がすごく暖かくて大きかった、というようなことを話されたことを覚えている。
大江健三郎が「行動する作家」とか「反骨・リベラルな作家」とか言われてきたこととは関係なく、私は学生時代から彼の小説や評論集、エッセイをよく読んできた。どちらかというと、小説のほうはよく理解できなかったが、「沖縄ノート」や「ヒロシマノート」などのエッセイ・評論集には深く感銘しその後の私の行動の指針ともなった書である。
というわけで、今月の本として、大江健三郎のもっとも新しいエッセイ集である「定義集」を紹介したい。
定義集 大江健三郎 著(朝日新聞出版)
? 2006年から2012年まで、朝日新聞に好評連載されたエッセイを単行本にしたものである。著者は中学生時代から老年の今日にいたるまで、人生の習慣としてさまざまな言葉を読みそして書き写してきた、という。
本書はなかでも忘れがたい言葉の数々を、もう一度読み直す意味でまとめられている。
たとえば、徳永進医師との対話で、鶴見俊輔が語った「まなびほぐす」ということば。知識は覚えただけでは身につかず、それをまなびほぐしたものが血となり肉となる。小説家も教育や臨床の現場ではないけれど、言葉で「学び返す」「教え返す」という同じ作業をしているのだ。
ほかに『カラマーゾフの兄弟』でアリョーシャが病気で亡くなったイリューシャの葬儀で話した「しっかり憶えていましょう」、ヴァレリーの「精神の自由と、せんさいな教養が、子供への押しつけで壊される」、魯迅の「不明不暗の『虚妄』のうちに命ながらえる」、そして源氏物語の一節から、チェルノブイリ原発事故の小説まで――六十数年、言葉を手がかりにして思索を積み上げてきた作家の、評論的エッセイの到達点である。
? 敬愛する言葉を書き写し、読み直し、自前の定義をする。源氏物語、ドストエフスキー、魯迅、レヴィ=ストロース、井上ひさし、人生のさまざまな場面で出会った忘れがたい言葉をもういちど読み直す。ノーベル賞作家の実に味わいのある評論的エッセイである。
? この連載中に、著者のまわりでは実にさまざまなことがあった。2004年に9人の文化人(井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子)で立ち上げた九条の会のメンバーのうち、2007年に小田実が、2008年に加藤周一が、2010年に井上ひさしが亡くなった。
しかし、九条の会は全国的な運動として広がりを見せ、「・・・九条の会」や「九条の会・・・」など、地域や職場ごとに多数存在し、これらの数は数千にのぼるといわれる。
『定義集』の連載が始まる前年の2005年には、著者にとっては寝耳に水だったであろう沖縄戦当時の渡嘉敷島での出来事を記した『沖縄ノート』が事実と異なり名誉毀損であるという右翼からの訴えを受け、連載はその裁判と並行して行われていた。
そして、2011年の3月11日に、東日本大震災にともない福島第一原子力発電所でメルトダウンが起きたことは、ずっと核廃絶に尽力して来た著者にとって大変な衝撃であった。
それから1年、前年に決着した「大江・岩波沖縄戦裁判」は当然ながら原告の訴えをしりぞけ、脱原発運動も国民的な運動として広がりを見せるのを確認し、2012年3月21日付で、『定義集』の筆を置いた。
『定義集』の中で著者は、憲法九条を守ること、核兵器を廃絶することを、今現在の重要課題ととらえ、あらゆる機会をとらえて訴えているのはご承知のとおりである。
コピペ元
朝日新聞出版解説
http://publications.asahi.com/original/special/oe_kenzaburo/
敬愛する言葉を書き写し、読み直し、
自前の定義をする。
? 2006年から2012年まで、朝日新聞に好評連載されたエッセイの単行本化。ノーベル賞作家は、中学生時代から老年の今日にいたるまで、人生の習慣としてさまざまな言葉を読み、そして書き写してきた。本書は、なかでも忘れがたい言葉の数々を、もう一度読み直す。
●
たとえば、フランスの哲学者であるシモーヌ・ヴェイユの「どこかお苦しいのですか?」。知的障害のある息子との暮らしのなかで、著者は常にこの言葉に支えられてきた。不幸な人間に対して、好奇心だけではなく、注意深く問いかける。
あるいは、徳永進医師との対話で、鶴見俊輔が語った「まなびほぐす」。知識は覚えただけでは身につかず、それをまなびほぐしたものが血となり肉となる。小説家も教育や臨床の現場ではないけれど、言葉で「学び返す」「教え返す」という同じ作業をしているのだ。
●
ほかに『カラマーゾフの兄弟』でアリョーシャが病気で亡くなったイリューシャの葬儀で話した「しっかり憶えていましょう」、ヴァレリーの「精神の自由と、せんさいな教養が、子供への押しつけで壊される」、魯迅の「不明不暗の『虚妄』のうちに命ながらえる」、そして源氏物語の一節から、チェルノブイリ原発事故の小説まで――六十数年、言葉を手がかりにして思索を積み上げてきた作家の、評論的エッセイの到達点。
紀伊國屋ウェブ
http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784022508102
内容説明 (本の帯記載)
?敬愛する言葉を書き写し、読み直し、自前の定義をする。源氏物語、ドストエフスキー、魯迅、レヴィ=ストロース、井上ひさし、人生のさまざまな場面で出会った忘れがたい言葉をもういちど読み直す。ノーベル賞作家の評論的エッセイの到達点。
出版社内容情報 *?と同じ
ひまわり博士のウンチク 坂井泉 2012/07/08
本づくり職人の、寝言、戯れ言、覚え書き。
http://himawari823.no-blog.jp/unchiku/2012/07/post_bc3d.html
?この連載中に、大江さんのまわりでは実にさまざまなことがあった。1004年に9人の文化人(井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子)で立ち上げた九条の会のメンバーのうち、2007年に小田実が、2008年に加藤周一が、2010年に井上ひさしが物故した。
しかし、九条の会は全国的な運動として広がりを見せ、「○○九条の会」や「九条の会○○」など、地域や職場ごとに多数存在し、これらの数は数千にのぼるといわれる。
『定義集』の連載が始まる前年の2005年には、??大江さんにとっては寝耳に水だったであろう??沖縄戦当時の渡嘉敷島での出来事を記した『沖縄ノート』が事実と異なり名誉毀損であるという右翼からの訴えを受け、連載はその裁判と並行して行われていた。
そして、2011年の3月11日に、東日本大震災にともない福島第一原子力発電所でメルトダウンが起きたことは、ずっと核廃絶に尽力して来た大江さんにとって大変な衝撃であった。
それから1年、前年に決着した「大江・岩波沖縄戦裁判」の総括も終え、脱原発運動が国民的な運動として広がりを見せるのを確認し、2012年3月21日付で、『定義集』の筆を置いた。
『定義集』の中で大江さんは、憲法九条を守ること、核兵器を廃絶することを、今現在の重要課題ととらえ、多くの紙面を割いて来た。
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