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欠陥コピペ王
118
:
資料管理請負人
:2015/06/09(火) 10:13:11
33年後のなんとなくクリスタル
◆いつものように「朝日新聞書評」と「街場のワーキングマザー日記」からの引用である。
◆「33年後もなんとなくコピペ」だった。
茶:コピペ箇所 青:底本 緑:底本著者
コピペ作品
今月の本?? 投稿者:月刊読書人?? 投稿日:2015年 6月 1日(月)00時09分
?? 辻さんの「創造展」観に行こうと思っています。
まだまだ辻さんのレベルに達するのは難しいのですが、観賞することでなんだか一歩前進したように思えるときもありますから。
さてそれでは月末になりましたので、今月に読んだ本の紹介をしましょう。
80年代初めニューヨーク駐在していたころ、当地で日本語の新刊の本を購入することは難しかったので、日本からの出張者があると、そのころ日本でよく読まれている本を買ってきてくれるようにお願いしていた。
ある時、出張者が買って持ってきてくれたのが、田中康夫著の「なんとなくクリスタル」という当時ベストセラーになっていた小説であった。
? 内容ははっきりとは覚えていないが、主人公は、都心の某オシャレ大学の1年生で、女性ファッション誌の人気モデルも務める女性。彼女はやはり私大に通いながらスタジオミュージシャンとしても活躍している男性と同棲しつつ、互いに束縛されずに「なんとなく」浮気を楽しみ、「なんとなく」音楽を聴き、「なんとなく」消費をし、「なんとなく」生きている。そこにはなんの悩みもなく、「クリスタル」のような日々が続いているけれど、「あと10年たったら、私たちはどうなっているんだろう」という漠たる不安も抱えている。ストーリーとしては、その程度の話で、さしたる事件が起きたり、起伏のあるものではなかった。
特徴的なのは、その頃に都心で流行していた洋服のブランド、音楽、お店などの固有名詞がこれでもかこれでもかと詰め込まれ、それに対して作者が詳しく注釈し、独特のコメントを添えていることだった。
この作品を書いたとき、著者・田中康夫は一橋大学に通う現役学生だった。4年生で卒業直前に停学処分を受け、留年してヒマな日々を送っていたときに書いていたとか。その後作家としての道を歩み、阪神淡路大震災でのボランテア活動などで評判になり、長野県知事をやり、国会議員にもなって、最近は作家と言うよりも政治家としての田中康夫の名前は国民の中に浸透していたようだ。
さてその田中が議員を辞めたあと、初めての小説を発表したのが 以下の本である。題名どおり上記紹介した本に登場した人物たちが、33年後の現在、どのような現実に向かい、心象の世界を送っているかという物語である。
『33年後のなんとなくクリスタル』 田中康夫 著(河出書房新社)
?33年後の本書の主人公は50代後半の「ヤスオ」と3つ年下の由利(前回の学生モデルの主人公)。なんと、ヤスオは33年前に由利が(同棲していたミュージシャン)淳一とつき合う前の(正確には、交際期間が一部被っていた)「元彼」だったのだ。10歳年下の妻とプードルと共に暮らすヤスオは、ある日、由利の親友の江美子とバッタリ再会したことがきっかけとなり、かつての女友達が集う「女子会」に招かれる。
?彼女らを結びつけるのは、ソーシャルメディア。フェイスブックを介してつながり、同窓会のような形で「女子会」が開催される。
相変わらずこの世界の登場人物たちは学歴や有名レストランなどの高級ブランドにまみれた生活を送っている。だが50歳を過ぎると「クリスタル」のようにキラキラしてばかりはいられないのだろう。会話の中身は介護や健康問題に流されていく。ごくありふれたシニア世代の会話。さらには都心の青山周辺にも高齢者であふれ、都会の限界集落となりつつあるという会話も飛び出す。この国のその後の経済の衰退が、この辺りの会話から漏れ出ている。
かってはモデルだった主人公の由利も、その後外資系ブランドのプレスを経て、いまはアフリカで社会貢献をする社会起業家になっている。
?そして本書は、阪神淡路や東日本大震災を経験して大きな時代の曲がり角を迎えている「いま」の日本、個人がどのように社会的・個人的課題と向き合っていけばいいのかという重い問いに、ヤスオや由利たちを通して軽やかに答えてくれているように思える。そのポイントは、「出来る時に出来る事を出来る人が出来る場で出来る限り」というヤスオの言葉にあるのだろうか。
?それとも物質的な豊かさを存分に、過剰なほどに享受した彼らの一部は、こうした膨大な「どうでもいい」ことのなかから自分なりのフィルターで良質なものを選り分けて、自分の財産として残し、そうして残った文化の多くを、壮年期を迎えた彼らが後続世代に残してくれて現在がある、と言えるのか。そういう意味で、80年代は今の20代、30代にとっても過去ではない。
でも、物質的な意味での「豊かな時代」は、いま確かに終わりつつある。人口が減り経済規模が縮小していくのは明らかで、私たちは別の豊かさを模索している。
そうした時代の「たそかれ時」に、ヤスオや由利は静かに、でもけっこう熱く向き合っているのだ。
ヤスオというのは間違いなく著者自身を投影された人物だ。女性関係などでは、どこまでノンフィクションなのか分からないが、ヤスオが語る人生観、政治観、社会観などは著者自身のものとみなすことはできる。
本書に出てくる有名レストラン、有名グッズ店、地名、歴史的事件など、著者が詳しく注釈しているのは、前回と同じである。
コピペ元
■街場のワーキングマザー日記 街場マチ子 掲載:2015-05-20
http://machibamachiko.hatenablog.com/entry/2015/03/21/165803
「もとクリ」のストーリー
まずは「もとクリ」を先に読んだのですが、それに対する読書メーターの感想はこちら。
33年後を読みたくて初読。(*中略)
?時は1980年6月。「もとクリ」の主人公は、都心の某オシャレ大学の1年生で、女性ファッション誌の人気モデルも務める由利。由利は、小田急線沿いの某大に通いスタジオミュージシャンとしても活躍する淳一と同棲(彼らはこれを「共棲」と呼ぶ)しつつ、互いに束縛されずに「なんとなく」浮気を楽しみ、「なんとなく」音楽を聴き、「なんとなく」消費をし、「なんとなく」生きている。そこにはなんの悩みもなく、「クリスタル」のような日々が続いているけれど、「あと10年たったら、私はどうなっているんだろう」という漠たる不安も抱えている。ストーリーとしては、まあ、それだけの話。
特徴的なのは、その頃に都心で流行していた洋服のブランド、音楽、お店などの固有名詞がこれでもかと詰め込まれ、それに対して作者が悉く注釈という名のツッコミを入れていること。ストーリー全体を俯瞰する作者の冷静な注釈が見事な当世批評になっていて、新装版で解説している高橋源一郎は、これらの注を「鋭くも強靭な批評の形をした(本文とは別の)小説」と評しています。
この作品を書いたとき、田中康夫氏は中央線の奥地の某国立大に通う現役学生でした。4年生で卒業直前に停学処分を受け、留年してヒマな日々を送っていたときに書いたそうです。3年後に書かれた著者ノートによると、「80年代の東京に生きる大学生を主人公にした小説を、無性に書いてみたくなった」というのが、その動機でした。
「いまクリ」のストーリー
?そして、33年後。「いまクリ」の主人公は50代後半の「ヤスオ」と3つ年下の由利。なんと、ヤスオは33年前に由利が淳一と付き合う前の(正確には、交際期間が一部被っていた)「元彼」だったのです。
10歳年下の妻とプードルと共に暮らすヤスオは、ある日、由利の親友の江美子とバッタリ再会したことがきっかけとなり、かつての女友達が集う「女子会」に招かれます。
(*中略)
上流階級の風俗小説をどう読むか
(*中略)
?そしてまた、「いまクリ」では、阪神淡路や東日本大震災を経験して大きな時代の曲がり角にを迎えている「いま」現在、個人がどのように社会的・個人的課題と向き合っていけばいいのかという重い問いに、ヤスオや由利たちを通して軽やかに答えてくれているように思います。そのポイントは、「出来る時に出来る事を出来る人が出来る場で出来る限り」というヤスオの言葉にあり。人生の折り返し地点を迎えて「さて、どうしようかな」と模索中の私にとっても、ヤスオや由利の「これから」を見据える姿勢が励みになりました。
(*中略)
?物質的な豊かさを存分に、過剰なほどに享受した彼らの一部は、こうした膨大な「どうでもいい」ことのなかから自分なりのフィルターで良質なものを選り分けて、自分の財産として残し、そうして残った文化の多くを、壮年期を迎えた彼らが後続世代に残してくれて現在がある。そういう意味で、80年代は今の20代、30代にとっても過去ではない。溢れる物のなかから自分にあったものを選りすぐる術みたいなものは、彼らの世代から引き継がれていると思います。
でも、物質的な意味での「豊かな時代」は、いま確かに終わりつつある。人口が減り経済規模が縮小していくのは明らかで、私たちは別の豊かさを模索している。
そうした時代の「たそかれ時」に、ヤスオや由利は静かに、でもけっこう熱く向き合っています。
■朝日新聞書評?? 「33年後のなんとなく、クリスタル」
[文]速水健朗(フリーライター) [掲載]2014年12月28日
http://book.asahi.com/reviews/column/2014122800003.html
<キラキラしてはいられない:速水健朗(フリーライター)>
『なんとなく、クリスタル』(なんクリ)が刊行されたのは81年。海外ブランドに囲まれた女子大生・由利のリッチな消費生活を描き社会現象となった小説の33年ぶりの続編は、かつての登場人物たちが33年後の東京で再会するところから始まる。
?彼女らを結びつけるのは、ソーシャルメディア。フェイスブックを介して再びつながり、同窓会のような形で「女子会」が開催される。
相変わらずこの世界の住人たちは学歴や有名レストランなどの「高級ブランド」にまみれた生活を送っている。だが、50歳を過ぎると「クリスタル」のようにキラキラしてばかりはいられないのだろう。会話の中身は、介護や健康問題に流されていく。ごくありふれたシニア層の会話。さらには都心の青山辺りも高齢者で溢れ、都会の限界集落となりつつあるという会話も飛び出す。この国のその後の経済の衰退が、この辺りの会話から漏れ出ている。
かつてはモデルだった主人公の由利も、その後、外資系ブランドのプレスを経て、いまはアフリカで社会貢献をする社会起業家になっている。(*以下略)
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