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元文学青年の俺が世の中の俗物を徹底的に馬鹿にするスレ

1元文学青年の俺:2025/09/04(木) 11:12:21
5チャンネル文学板の「元文学青年の俺が俗物を徹底的に馬鹿にするスレ」
がどういうわけか急に長文の書き込みを拒否し出したので、こちらを「避難所」
として使わせていただくことにした。

5チャンネル文学板への書き込みが失敗した場合に、このスレに書き込む
ことにする。

書き込む内容は、特にスレのタイトルにこだわることはなく、広く気ままに
あれこれを書きつけてゆく予定。自分の雑談用のスレと言っていい。

2元文学青年の俺:2025/09/05(金) 13:35:49
昨日、5チャンネル文学板の方に書き込みを試みたのだが、相変わらず拒絶された。
ということで、やはり続きをこちらに書き込むことにする。

本家文学板の
「元文学青年の俺が俗物を徹底的に馬鹿にするスレ」の
アンカー番号16 〜 18の三島由紀夫について語った文章の続きである。

3元文学青年の俺:2025/09/05(金) 13:37:03
相変わらず寄り道。

上で、「三島は 〜 「美」、「永遠」を希求した人間である」と書いたが、三島の、この
「美」や「永遠」の希求という性向は、このスレのテーマである「俗物嫌悪」・「人間嫌悪」
と密接に結びついている。ありふれた比喩を使えば、1枚のコインの表と裏のように。

であるから、「美」や「永遠」の希求という面について、もう少し語らせてもらう。

三島のこの志向は16歳の時に書いた、最初の小説である『花ざかりの森』ですでに鮮明に示されていた。

その冒頭を引用する。
(続く)

4元文学青年の俺:2025/09/05(金) 13:39:16
『花ざかりの森』

序の巻

この土地へきてからというもの、わたしの気持には隠遁ともなづけたいような、そんな、
ふしぎに老いづいた心がほのみえてきた。もともとこの土地はわたし自身とも、またわたしの
血すじのうえにも、なんのゆかりもない土地にすぎないのに、いつかはわたし自身、そうして
わたし以後の血すじに、なにか深い連関をもたぬものでもあるまい。そうした気持をいだいた
まま、家の裏手の、せまい苔むした石段をあがり、物見のほかにはこれといって使い途(みち)
のない五坪ほどの草がいちめんに生いしげっている高台に立つと、わたしはいつも静かな
うつけた心地といっしょに、来し方へのもえるような郷愁をおぼえた。この真下の町をふところに
抱いている山脈にむかって、おしせまっている湾(いりうみ)が、ここからは一目にみえた。
朝と夕刻に、町のはずれにあたっている船着場から、ある大都会と連絡する汽船がでてゆくのだが、
その汽笛の音は、ここからも苛(いら)だたしいくらいはっきりきこえた。夜など、灯(ひ)を
いっぱいつけた指貫(ゆびぬき)ほどな船が、けんめいに沖をめざしていた。それだのにそんな
線香ほどに小さな灯のずれようは、みていて遅さにもどかしくならずにはいられなかった。



5元文学青年の俺:2025/09/05(金) 13:41:48
うーむ。名文と言おうか、いや、美文というべきか。
16歳にして、この和語の使い方のこなれ具合は驚嘆に値する。

それはさておき、ここにはロマン派の目印と言っていい「永遠なるものへの
憧憬」の感情がうかがえる。

また、この文章には、青春文学の典型的なテーマである「青春の無為と焦燥」を読み取る
こともできるかもしれない。

取りあえず、今日はここまで。

6元文学青年の俺:2025/09/06(土) 21:23:28
この一文には、「永遠なるものへの憧憬」が感じられるが、書き手はまた、ここで、何物かの顕現を
辛抱強く待っている。「 〜 みていて遅さにもどかしくならずにはいられなかった」と書いているように、
じりじりしながら「待っている」。この姿勢はロマン派の真骨頂と言えるかもしれない。

「憧憬」と、この「待つ」という姿勢は、新潮文庫の『花ざかりの森・憂国』に収められている
『海と夕焼け』という短編にも登場する。
この短編でも、主人公の少年は奇跡が起こる瞬間を待ち望む。もちろん、そんな奇跡は現実には起こらない。

このパターンは、三島の最期の時にも現れた。あの自衛隊市ヶ谷駐屯地のバルコニーから自衛隊員に
向かって決起を呼びかけた時にも、自衛隊員の歓呼の声と賛同を「待った」のである。そして、やはり
そんな事態は起こらなかった。が、むろん、三島にとって、これは想定内のことだった。

生涯、「永遠なるものとの接触」、「何物かの顕現」を希求し、果たせなかった三島は、ここに至って
どうするか。その世界が自らに開示されないのであれば、乾坤一擲、自らがその世界、彼岸に飛び込んで
ゆくのである。それは、三島の生の頂点であると言えようが、同時に死を意味する。「知行合一」を
至上命題とした陽明学に惹かれた三島にとって、この成り行きは論理的必然と言えるかもしれない。

以上は、三島の作品をたいして読んでいるわけでもない俺の妄想である。

7元文学青年の俺:2025/09/07(日) 11:26:21
三島由紀夫に関連して。

本家5チャンネル文学板の「【美形イケメン】太宰治【金持ち東大生】」のスレに興味深い
書き込みがあった。
念のため、下に引用します。

8元文学青年の俺:2025/09/07(日) 11:28:24
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【美形イケメン】太宰治【金持ち東大生】スレ

87 名前:吾輩は名無しである 2025/08/19(火) 15:06:53.14 ID:kGosno+h
実際は、青森県下一の高額納税者で政治家の金持ち家系に生まれた太宰のブルジョワ階級特有の
匂いがどうしても受け付けなかった公務員の息子である三島。
三島は女とデートするのにもお金がなくて友達にデート代を借りるような惨めな思いをしてた。
一方、太宰は東大在学中から実家から毎月100万近くの仕送りをもらい、女と同棲し、好き放題
飲み食べし、しかも金持ちにも関わらず若い美女のほうが太宰にお金を貢いでいた。
何もかもが三島と真逆すぎて相当悔しそうだった。

家柄、資産、学歴、身長、容姿の良さ、女からのモテ、セックスの充実、小説への評価、など
男が欲しいものすべてを持って生まれた太宰治はすべてに恵まれているにも関わらず、
「生まれてきてごめんなさい」など自己否定して自虐するので、三島を始めとするコンプレックスの
強い貧弱な小男たちにはどうにも我慢ならない存在だったのだろう
 
女にモテモテの生まれながらの金持ち東大生イケメンがモテないブサイクや貧乏人の前で
「俺って死にたいんだよね〜生まれてきてごめんね」なんて言ったらどう思う?
「こいつムカつく!」と大半の男は思うのではないだろうか?三島もその一人だ。
実に単純明快な男としての嫉妬なんだけど、三島はそれを嫉妬と認められないので
太宰のことを「田舎者」と居住地で馬鹿にすることくらいしかできなかった。
だって資産、学歴、身長、顔、モテ度合い、などすべてにおいて太宰のほうが上で
三島が唯一太宰を見下せる箇所は「田舎もの」という一点だけだったからね。

太宰本人は田舎出身であることはなんら気にしてない人で著書「津軽」でも、ありのままの津軽人
である自分の生い立ちを語っていて、これは太宰の作品の中でも最高傑作だと思う。

しかも太宰は「見せ掛けの自虐風自慢」ではなく本気で死にたいと考えていて、本当に何度も
自殺を図り、39歳という若さで自殺して死んでしまった。
その死に際すらも妻以外の若い美しい愛人(身長168の29歳の超美人)が一緒に死んでくれたという
オマケ付き。
女からもモテぶりは見せかけではなく本当だったと若い女が投げ捨てた命で証明された。
   
太宰治こと津島修二は、最後の最後まで三島の劣等感を刺激する男だったに違いない

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9元文学青年の俺:2025/09/07(日) 11:29:37
なるほどな〜。
実に面白い、おそらくは正鵠を射た指摘のように思われる。

「太宰のブルジョワ階級特有の匂いがどうしても受け付けなかった」と書かれているが、
自分流に言わせてもらうと、また、本スレのテーマに関連づけて言うと、三島にとって、
太宰は「俗」すぎたのである。

さらに、太宰は、その作品が「俗受け」した後、自身が「俗受け」をねらったような
振る舞いをした。自身が「文学俗物」と化したのである。
そんな生き方が、美や永遠を絶望的に希求する三島に受け入れられるはずがないのである。


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