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2021/5/2 私的言語は可能か?

64久保共生:2021/07/18(日) 23:30:07
火雨さん、とても興味深い横槍なので、コメントさせてください。

まず、知覚と感覚の交錯ということについては、実はそれほど珍しいものではないと思います。
そもそも僕は両者を、一つの世界把握の二側面として捉えており、感覚と知覚を完全に分離できるとは思っていません。
分かり易い例は、上でも書いた気がしますが、触覚的なものの把握です。
「この毛布はふかふかだ」と言うとき、それは毛布の相貌の把握であると同時相即的に、おのれの身体の態勢の把握でもあります。
勿論、こうした知覚と感覚の交錯は触覚的経験以外でも(勿論場合によっては夕日や雀の声のようなものでも)可能だと考えます。

もう一点。火雨さんが、
>一般的な「コレスポンダンス」解釈には知覚や感覚だけでなく、その当事者や自然が持つ「物語」や「歴史」も交錯する、と捉えられることが多いです。

と仰っているのがとても興味深いです。
僕は、知覚(すなわち世界の相貌)と感覚(すなわち身体の態勢)を不可分の一つの世界経験として語る語りの様式を、「物語」と呼びたいと思っています。
さらに言えば、この物語行為こそが、人間精神の最も豊かなものを構成しているのであり、所謂「心」と呼ばれているものの本質ではないかと考えています。
ただ、これについてはまだほとんど考えが纏まっていません。
もし何かヒントになりそうなことがあれば、是非書き込んでください。


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