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2021/5/2 私的言語は可能か?

55おぐす:2021/07/17(土) 13:06:11
少しく哲学的なシェーマから遠ざかるきらいも感じつつコメントします。
横山さんがおとぎ話に出てくるような「かまど」について言及するくだりで、火雨さんの「かまど」や「夕日」への関心の寄せ方がいかにも火雨さんらしく面白いと思いました。「グレーテルのかまど」という番組タイトルがどのような主旨によるものかは存じませんが、グリム兄弟が採話した寓話では「かまど」は、グレーテルが魔女をたくみに誘導して押し込んだ「かまど」です。魔女は熱いかまどの中で叫びうめきつつ焼き殺されます。
ユングやベッテルハイムによれば魔女は母親ですね。グリムに蒐集された多くの寓話も、初版では「魔女」や「継(まま)母」は実母です。民話は子どもを支配し呑みこもうとするグレートマザーの側面を率直に語りますから。「かまど」は子どもが口唇期の不安や依存関係を脱するための母殺しのアイテムでしょうか。
ユング的な象徴が「かまど」だとすれば、横山さんのいう「手足も内蔵も目も耳も無いのに見えて聞こえる主体」は、いまだ主体と環界の分節化が十分になされず、身体の部位の把握も未分明な身体全体で環界を感受する乳児期の状態を彷彿させます。おとぎ話を好む幼児期や学童期の子どもは、たぶんに乳児期の心性の延長にあるので、寓話の世界に馴染みやすいと思われます。

以上のような精神分析学的な民話解釈を好まないむきもおられるでしょうが、私が面白いと思ったのは火雨さんが「かまど」の例からボードレールのコレスポンダンスを連想したことです。ボードレールはサンボリズムの枠を越えて自らと美醜との関係をあらゆる喩 寓意、比較によって表現しましたが、光や音や色彩や匂いを意図せず五感で受けとめるボードレールの資質は「かまど」が感受する寓話の世界と類似性があるのかもしれません。火雨さんの発想そのものが万物照応的ですね。


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