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2021/5/2 私的言語は可能か?
46
:
横山信幸
:2021/07/16(金) 23:28:21
火雨さん、
僕はボードレールも「コレスポンダンス」もまったく知らなかったので、ネットでいくつかの解説を読んでみました。とても興味深かったですが、やはりそのようなちゃちな調べ方では、まだ全然よく分からないでいます。「私」と「神としての世界」がいちいちきちんと響き合い、それによって世界が「イマココのコレ」として現れてくる…みたいな感じの話かなと勝手にイメージしました。
その解釈であってるのでしたら、僕の(コレも勝手に思っている)「『物語』による世界解釈」と関連するところが大きいように思います。
ただし、僕の思っているものはかなりぼんやりしていて、自分自身でのよく分からないものです。
それでも、
○個物としてのカオスな経験が主体によって物語として構成され、また同時に、その経験によって主体が構成される。
○その構成される世界が物語となることでそこに意味が現れ、それによって主体や世界が何者かとして語られ得る権利を持つ。
○それゆえ、主体は直接的な身体を持たなくても客体としての世界と関係することができるので、「グレーテルのかまど」の「かまど」のような身体態勢の活動をもたない存在でも、幽霊霊魂のような、そもそも身体を持たない存在でも、主体として世界を語り得る可能性を持つ。
みたいなところはイメージしています。
そして、そんな感じでしか考えていませんので、そこで生じる世界像としてはあまりはっきりしたものではなくて、ボードレールも「コレスポンダンス」もそのような世界像の一つのモデルとしてアリだと思われます。でも、(僕の今の解釈では「コレスポンダンス」がライプニッツの予定調和的世界像に近いものに思えてて、その詩の中の『unite』って言い方なんか『モナド』そのものに見えて仕方ないので、それが実際に予定調和だとして話しますが、)そのような予定調和な世界でなくても、僕の思う物語は世界を構成できてしまう気がするので、ちょっと違うかもしれないとも思います。
ボードレールを知らないままに適当に思いつきを語ってしまいました。ぜんぜん見当違いの話になっていたら赤面だなあと思いつつ、「書き込む」をポチッとします
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