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2021/5/2 私的言語は可能か?

24おぐす:2021/07/14(水) 15:51:30
少々私見を述べます。
確かに「身体の態勢」という概念は掴みづらい面があります。久保さんの述べるに「身体の態勢」それ自体を語ることは極めて困難」なので、レジメでは相貌とか類似性との相関から語っているのだと思っていました。
類似性は喩の構造とも重なってくるので「身体の態勢」の論述自体は、表現史からみても喩の起源から考えてもウラサキさんの指摘するような「自然科学的知見を後付け的に読み込んだ解釈」ではないと思います。
久保さんが考察していた心身問題の関心から眺めれば、身体と心は「耳で聴いて、心で感じている」のように「耳」と「心」を順列的に記述できるような対応関係でもない。「耳」は聴覚器官ですが「心」も「それ自体を言語化するのは極めて難しい」概念なので心身問題のアポリアも存在するのでしょう。

ムラタさんの身体(非bodyとしての身体)=「身」という観点とも重なりますが、以前「久保氏」が言及していた市川浩も「<身>の構造」という論理を展開していましたね。「精神としての身体」論の延長で考察するのもいいかもしれません。それがウィトゲンシュタインの「私的言語」を考察する場合に用いる方法として妥当か否かは判断できませんが。
レジュメに関して言えばP6にいたる「まとめ」の部分で久保さんのおっしゃりたい意図は部分的にはよく分かります。


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