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2021/5/2 私的言語は可能か?

1ウラサキ:2021/04/15(木) 17:48:55
浪速区民センター 第4会議室にて 13:00-17:00
前半をウラサキ、後半を久保共生さんが担当します。

《参考図書》
ウィトゲンシュタイン『哲学探究』第256〜271章
野矢茂樹『語り得ぬものを語る』18「私にしか理解できない言葉」
永井均『哲学の密かな闘い』第7&8章「語り得ぬものを示す(1)(2)」

なお、ウィキペディア「私的言語論」の説明も参考になるかと思われます。

2久保共生:2021/04/18(日) 01:04:23
ウラサキさん、スレッドを立てていただきありがとうございます。
後半の発表は僕が担当します。
僕も上に挙げられている野矢氏と永井氏の著書を参照して考えたことを発表しようと思っています。

僕の大まかな考えを述べておくと、まず永井氏の野矢批判は(一部正当な部分もあるが)ほとんど言いがかりのレベルであり、的外れに思いました。
一方で僕としては、野矢氏の私的言語不可能論にもまた別の問題を感じるので、その点を掘り下げて発表できたらと思っています。

そもそも僕としては、言語の意味理解にはある種のグラデーションが存在すると思っていて、理解できるか否かの二者択一では決してないと考えています。
同じ「分かる」でも、「めっちゃ分かる!」から「なんとなく分かる」、あるいは「分からなくはない」、また「分かったような分からないような」まで様々であり、一筋縄ではありません。
私が使用する言語の意味は、全て他者に完全に理解可能であるか、それとも、私以外の人間には絶対に理解不可能なものが存在するか、などというような二項対立は不毛であり、したがって私的言語可能・不可能論争は、現実の言語活動の実態を正しく捉えられていないことに起因するのではないかと推察しています。

3ウラサキ:2021/04/18(日) 08:07:55
久保共生さんが野矢、永井両氏の説を解説して頂けるそうですので、
私はウィトゲンシュタインのテクスト解読を中心に据えようかと思います。
野矢氏の主張は賛同は出来ませんでしたが、言い分は理解できたと思いました。
他方、永井氏の主張は理解することすら困難でした(^^;)

私は、言語というものをプラグマティック(整合説的)に捉えるならば、
野矢氏のように指示対象の同定が出来ないからといって、私的言語が不可能であると断ずるのはウィト解釈としても間違っているのではないかと予想しています。

4横山信幸:2021/04/22(木) 21:29:20
今回参加したいなと思ってたのですが、緊急事態宣言が出たら、開催が難しくなりますか

5ウラサキ:2021/04/23(金) 07:33:52
今のところ連絡はないので大丈夫だと思います(^^;)

6AD:2021/04/24(土) 17:50:10
浪速区民センターのHPに非常事態宣言により4/25〜5/11休館との案内出ました。
次回の当該テーマ分は延期になると思いますが、可能なら私の担当予定分(6/6)と併せて1か月延期(当該5/2分→6/6へ、6/6分→7/11へ)していただけないでしょうか。


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