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悟りに至った方たちとの対話

652 TK :2014/07/06(日) 09:53:42 ID:ZfEAhMdk0
暫くこの掲示板は休止になるらしいから、
最後に典型的な酔っ払いに話しだけしておく。

世に沢山いるから、代表して聞いてくれ。

>>647
>自らの心の白紙がどのくらい白いかを気づくところから始まると思います。

慢に犯されながら、私は慢と言う名前の者だが、心の白紙とは何たらかんたら、
残念ながらお前さんみたいな酔っ払いは死ぬまで永遠にその世界だ。

これを私は世にうごめく酔っ払いと呼んでいる。

大酒飲んで千鳥足になりながら、酔いを醒ます事は必要であるとかなんだとか、
バカ丸出しだ。

滑稽な事にお前さんにはその慢すら見抜けていないし、
見抜けていないので当然に取り除く事も出来はしない。

しかし、我々の目の前ではお前さんなど丸裸だ、上から見ても下から見ても酔っ払いだ。

釈迦の実践とは激流、お前さんののは釈迦の面汚しだ激流など起きるはずの無い緩流、
いや酔っ払い流だ。

慢とはエゴから切っても切れない付属品のようにセットになっているものだが、
お前さんには見抜けるはずが無い、
まず切り落とすのではなく慢を正しく使って世の中を生きろ、
慢を正しく使えば人間としての幸せを掴むことが出来る。

お前さんが今やろうとしている方向性は、
幸せとはまるで正反対の酔っ払い釈迦の名前だけ口にする面汚しと言うやつだ。

慢を正しい方向に強めることで幸せを掴むことが出来る、しかし、
それで思いっきり幸せを満喫している者の中に煮詰まりと言う現象が来る者がいる、
その時にその正しい方向性で強められた慢は行き場を無くし、苦悩を発生させる。

この時に苦悩と言う形で初めてお前さんは慢を客体化してご対面できるんだ。

死ぬまで今のような酔っ払いを続けても、元々がお前さんののは非なる別物、
仏教と言う名前だけ振り回す釈迦の名前の面汚しと言う類のものだから、
いつまでたっても「緩流」という酒を飲みながら一生をそれで終え無駄に人生を費やすアホの部類だ。

私やラピ。さんは阿羅漢の課題である五上分結の中の慢に対処した激流と呼べる実践の当然だが成就者だ。

我々は唯作心により「行為」そのものを超えているから、あらゆる行為から発生される善悪カルマの作用を既に脱している。

この段階で、それまで実践課題だった禁じ手として居た行為は全てチャラになっことにより「自由」に振る舞っている。

ただし、それをやるにはそれに至るまでのしっかりしたプロセスを踏んでいる。

おままごとで、無駄に人生潰す以外の結果は得られらないのだから、
気分だけ精神世界に酔いしれる気持ち悪い人間を演じる事をまず止める事から始めなければならない。

それでは、酔っ払い諸君に幸運あれ。


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