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悟りを目指している方
550
:
ラピ。
:2014/03/11(火) 22:18:23 ID:ycRPYkoE0
☆yukiotokoさん
初めまして。ようこそいらっしゃいました。
そうですね、yukiotokoさんの経験は
私のかつての神秘体験と似ていますかね。
私は神秘体験を2回しています。
ひとつは自分が金色の光に包まれる体験。
一気にまぶしい光が私を包みました。
何が起こったのかと思いました。
もうひとつはすべてがつながった感覚を得た体験です。
すごかったですね、これも感動しました。
一気にすべてにつながり、
すばらしい、すがすがしい感覚を得ました。
しかし、この体験は今の私の境地では体験できません。
なぜなら体験する「対象」が消滅しているからです。
>散歩をしながら、周囲の環境との一体感を感じていました。
対象があるからこその一体感ですね。
その対象が消滅しているのが釈迦の「悟り」と言われるものです。
>仮に何らかの悟りの一種だったとしても、TK様やラピ様が言われている悟りとは、
>全くの別物とは存じますが
そうですね。
至福感や一体感を感じている時点で違います。
悟りとは感じるものではないです。
感じられるということは感じる「もの」が存在している
ということになりますから。
私は常に実践していましたので
かつてはその神秘体験すらも手放して実践をしていました。
でも最後のいわゆる「魔境」という状態になった時は
(最後のほうでそれに引っかかっていました)
斜め上から降り注ぐ幸せ感に浸っていました。
この幸せ感は自分が意図すれば得られる幸福感でした。
しかし、その幸福感にふと違和感を感じました。
「意図しなければこの幸福感はない。
常に意図を働かせていなくてはならない。
この意図しなければならない幸福感って本物なのだろうか?」
そもそも、自分の外からやってくる幸福感は偽物です。
それにすがってしまうとそこで終わってしまいます。
だから最終的にはそれすらも手放しました。
最終実践に集中したので手放さざるを得なかったとも言えるかな。
自分のするべき実践に集中していたら
過去の経験なんて思い出す暇がないのです。
至福体験を思い出す暇がない。
私はその至福体験を忘れて
実践に集中しました。
そして今の境地に至りました。
あと、至福感はその「反対のもの」があるからこそ味わえる感覚です。
だから絶対的なものではありませんし、
それが永遠に続くことはありません。
上昇すれば必ず下降するのです。
上昇も下降も消滅するのが悟りの状態です。
師も書かれていますが悟りの境地では
「何も体験していません」
体験する「もの」がないから。
対象が消滅しているから、です。
この境地は言葉に表しきれませんが
(表しようがない)
例えを使って表現すればそのようになります。
「何もしていません。何もありません。」
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