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悟りを目指している方
538
:
TK
:2014/02/23(日) 10:38:53
私は今まで生きて多くの人に出会ってきたが、
この中の誰かに師事したとしても私は今の所まで至れたとは思えない。
生きて接した中の誰一人として、
私を今の所まで導いてくれる者になど私は出会えなかった。
あらかじめのツールが与えられている私にとっては、
誰も頼りすがらず一人で歩む、ここが私にとっての勝敗のポイントだった。
ここまで導いてくれる人になど一生のうちで出会えない事の方が当たり前だ。
では、私と出会えた者はそれをチャンスに活かせたかと言うと、
私の話など傾倒して聞きたがる者が皆無では無かったが、
一緒にいたエセの方により関心を示す者が見受けられたし、
接した中でラピ。さんが私を利用しての初の成就者と言えば大体想像がつくことだろう。
このように世の中の多数はニセ者をあえて選ぶ特色がある。
選ぶ方が本物とニセ物と並ぶとニセを選ぶ、
このような世の中になったのは教える方だけの責任では無く、
学ぶ方の側の素養の劣化が大きい。
つまり、無報酬の本物より金取るニセ者が選ばれる、
さらに恐らく格安なニセ物より高額なニセ物が選ばれるのではないだろうか、
教えるニセ者が学ぶ方の劣化に合わせて多数出てきただけの話しだから、
ひっかける方も引っかかる方もどちらもどちらで、
この二者はお互いが釣り合ってこれはこれでとても絶妙なバランスのうちにある。
人類が本物を必要とするのは、
もっと時代が差し迫った緊迫した状態にまでならなければそれは起きない事だろう。
その時には、
緊急時に呼びさまされる本能的な感覚の発現によりそれは起きるのであると私は予測する。
さて、今の時代に我々は多くの者にとって必要はない、
むしろ必要とされるのは気分だけ酔わせてくれるニせ者の方だからだ。
我々は反対に酔いを醒ますから、
その意味では多くの者にとって不快因子を提供する不必要な存在だ。
我々は我々本人の快適性だけを考えている事で良いのだと思う。
これが前実験段階で得た私なりに下した結論だった。
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