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悟りを目指している方
437
:
TK
:2013/12/17(火) 18:50:19
真理等とやたらこうるさく鳴られたので、
絶対的な真理なるものは存在しませんと言うのが、
唯一の絶対的な真理と言えるものです。
これ以外は全て滅び去るものであり、
平等だとか対等だとか、上からとか下からとか、
これらをひっくるめて我々は妄想と呼んでいますが、
それは絶対的なものでは無くどれ一つとっても全て滅び去らせる事の可能なものなのです。
スッタニパータ9
>走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、
>「世間における一切のものは虚妄である」と知っている修行者は、
>この世とかの世とをともに捨て去る。
>──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。
これらが全て残り無く去ってしまうと我々の所に来られます。
ですから、
自分は他の者と平等だ対等だ等しい次元だなどと言う言葉を振り回している内は、
決して至ったと誤認しないで下さい。
スッタニパータ855
>平静であって、常によく気をつけていて、
>世間において(他人を自分と)等しいとも思わない。
>また自分が勝れているとも思わないし、また劣っているとも思わない。
>かれは煩悩の燃え盛ることがない。
さて色々な単語を並べましたが、
「平等」「対等」「上から」「下から」この中のどの妄想を選択すれば次元上昇(アセンション)出来るのでしょう、
それが「下から」なのです。
>ただ至った後、次元の違いなど存在しないということを認識しました。
>誰一人その真理と離れている人はいないと言うことです。
平等論では悟りではありません、たんなる「理想的な生き方」の範疇です。
「真理」とは別名「筏(イカダ)」と呼ぶのです。
「真理」は絶対的なものでは無く、
至った者にとってはすっかり捨て去られるものなのです。
相応部経典9-10-4〜5
>「修行僧よ。そなたは、修行僧たちとともに住んでいるのに、なぜ真理のことばをとなえないのか?
> 真理のことばがとなえられるのを聞いたならば、心が清らかな喜びにみち、現世で人々の賞讃を博する。」
> 〔修行僧いわく、―〕
> 「昔は、わたしは離欲を達成するまでは真理のことばを学びたいという願望がありました。
>いまやわたしは、離欲を達成したからには、見たことでも、聞いたことでも、
>考えたことでも、すべて知った上では捨て去らねばならぬ、ということを、立派な人々は説かれました。」
スッタニパータ21
>師は答えた、
> 「わが筏はすでに組まれて、よくつくられていたが、激流を克服して、
>すでに渡りおわり、彼岸に到着している。もはや筏の必要はない。
>神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」
ちなみに、これは激流段階の方に対しての教えであり、
ワクワク段階の方なら「平等」とか「対等」とかで良いわけですが、ただし、
スピ系や精神世界は一切捨てて下さい。
これでようやく酔っ払いでは無い真実のワクワクの実践者としての道が始まるのです。
反面教師のような酔っ払いの方を目にした後ですので、
くれぐれもこの方のようにはならないという事です。
延々とその自己満足の世界に閉じ込められますから。
この方にしても、ご登場どうも色々な方々のために有難うございました。
気が向いてスピ系等をやめる気になったらどうぞお越しください。
永遠に酔っぱらって良い気分で居るのも、もちろんあなたの人生あなたの勝手です。
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