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悟りを目指している方

225TK:2013/11/06(水) 18:31:37
実践マンさん

>これまで理屈で解決する実践をやってましたが、体が動かなくなり、
>それ以上進めなくなりました。

ちなみに「激流」の実践の時には、体は動かなくなるものなのです。

これ、ラピ。さんに聞いてもらっても分かりますが、
体が動く「激流」の実践は無いのです。

私も実践時はほとんどスローモーションで動いていました。

>体の声を聞き、見えない敵が何なのか悪戦苦闘した結果、
>体を思考の奴隷のように扱うエゴを発見しました。

体の声を無視して、だから「激流」なのですね。

体の声を聞いてそれに従ったら、それを「激流」とは言いません。

「激流」とは体の声を無視する所から始まるのです。

>今後は思考が体に奉仕していこうという意思が強まりました。

話を聞くに、まだ「激流」ではなく、
「ワクワク」の実践で行く段階なのだと思います。

>もっともっと神様の声を聞くよう努力していきます。

神様だと思っているものは、本当は神様ではない事が往々にしてあるのです。

そして、最終的には神様も捨てて行かなければならないのです。

ラピ。さんもほとんど魔境にはまってましたから、
そこを気付かせて一切捨てさせてゴールインです。

>思考ばかりに振り回されていました。

エゴの段階の人にとっては、右も左も思考です、それしかないのですから、
いずれにしても思考ですから、この思考の中に善玉エゴと悪玉エゴの2種類がある、
でもいずれも思考には違いなく思考で行くしかないのです。

思考の中にも「意志の力」を多く使う方向性が神に向かう道です。

大して「意志の力」を使う必要性の無い生き方は、
自分の変化は見込めない生き方ですね。

つまり今のまんま、
そのまんまですから楽ですが彼岸に向かう激流(苦悩)とは正反対の生き方という事になります。

正直言って実践マンさんには彼岸では無く「ワクワク」の此の岸の段階の実践が向いてると思います。

つまり、
エゴの動きなど全く見抜けなくてもワクワクの実践ではそれで良いのですから。


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