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悟りを目指している方
144
:
ゆうこ
:2013/09/30(月) 21:22:37
こんばんわ。
先日「激流カモーン」とか勇んで出社しましたが
まったくの小波、その後も
常に「ジガ居る?」「居ないな、OK」みたいな自問確認をして
1日がだいぶ無心に過ごせているせいで
かえって小さいことにジガが反応すると
小骨が喉にささったように気になります。
(だいぶジガは静かになっていますが。)
そこで、今日TK師の引用されていたマザーテレサの文を読み
このイメージでいこう、と想いを新たにした次第です。
>実践においては横たわっている具合の悪い病人を主イエスが横たわっているのだと言うつもりで接しなさい、
私たちは看病ではなく修道の実践をしているのです
→目の前に現れる不快な感情を呼び起こす人はイエス(仏)だと。
わざわざジガをざわめかせ、
ふるいにかけやすいよう浮き立たせてくれているんですね。
ありがたいです、そう考えると。
あと、
芽生えている「無我の境地」への興味に対し
>結果を僅かにでも想定して実践したら、至れません。
という文で、はっとしています。
これまで知らなかった世界なだけに、興味深々な今日この頃でした((+_+))
>実践とは私は死ぬまで、この実践を続けて行くのだ
→以前、死ぬ気になってがむしゃらに前進していた頃を思い出し
もう一度トライしてみようと思います。
あの頃、あのまま行けなかった理由は
あまりに絶望的な虚無感にさいなまれたため、本当に死のうか、
家族のために明るく楽しい生活を送るか
という2択で、結果的に中途半端な生活に戻ったわけですが
(うつ病かも、とも思ったため食事や運動で生活改善しました^^;)
今なら、「死ぬまでやるぞ」と頑張る事と明るくしていることは矛盾しませんし
両立することも実践のうちと思って、
楽しめないことを楽しもうと思います。
そして、進んだその先に、
>一人でに至って、自由に色々な事が出来るようになります。
という世界があれば、それでよし、
なくても、きっと悔いはなし、です。
あの頃見えていた未来は、真っ暗な絶望で、
自分も家族も悲しい顔でしたが
今は、一生懸命このまま生きて死んでも、自分も家族も明るい顔だと思います。
弥勒がいろいろな姿になって私の前に現れ
ジガを砕くために試練の小槌をふるって下さっている・・・
う〜ん、自分で書いてて更に感謝が湧いてきました、
明るい未来をありがとうございます。
お二人に感謝しますm(__)m
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