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TK師との会話

18 TK :2013/08/14(水) 11:14:30
(前の続きです)

ただ言える事は、マインドだエゴだといかにも駄目なもののように言いますが、現実には、
正しい方向でマインドにエゴに、これらを強める事でかなりの幸せを作り出すことが可能なのですから、
むしろ真逆に位置する悟りにはこだわらず、正しい方向でマインド、エゴを大いに強めて、
まず、幸せになれます、これをやってみて下さい。
強める限界まで来たら次に進めばいいわけで、まずは、マインド、エゴを正しい方向で強める事、
私はこれが、スピ系で出てくる「ワクワク」と言う教えに値するものだろうとして、
その「ワクワク」と言う教えを詳しく調べたわけではありませんが、
評価出来るものではないかとの位置づけをしています。

ただ、「ワクワク」で気を付けるのは「正しいと判断できる行為でワクワク」ここがポイントだと思います。
「正しくないと判断できる行為でのワクワク」は駄目です。
ただし、言っておきますが悟りに至る方法は「ワクワク」ではありません、
どちらかというと「ワクワク」とは反対の気分を味わってもらう事となります。


中部経典 無畏王子経より
>真実であって、かつ至福に役立つならば、相手が喜んで聞きたがらないような言葉でも如来は口にする。


「ワクワク」する事をやっていると言う意味では、「理解力」と「精神世間知識量」にものを言わせる、
誤認による自称覚者さん等も、こちらから見たら酔っ払いの集団にしか見えませんが、
それはそれでもまともなのかもしれませんね。
ただし、イエスからは怒られそうです。

マタイの福音書 7章3-5
>また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。
>兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください』などとどうして言うのですか。
>見なさい。自分の目には梁があるではありませんか。
>偽善者よ。まず自分の目から梁を取りのけなさい。
>そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます。

マタイの福音書 15章-14
>彼らのことは放っておきなさい。彼らは盲人の手引きをする盲人です。
>もし、盲人が盲人の手引きするなら、ふたりとも穴に落ち込むのです。」


スピ系というのは例えば、次のようなものの事を言うのでしょうか。

ニューエイジ - Wikipedia (2013年4月13日 (土) 03:03 UTC)より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B8

>すべてでひとつである。
>偶然というものはない。
>弟子の準備が整ったとき、師匠は現れる。
>しなければならないことというものはない。
>善悪というものはない。
>信じる必要はない。
>努力はしなくてもよい。
>与えたものが返ってくる。
>すべてのものは聖なるものである。
>人には無限の潜在能力が備わっており、自分で自分の現実を作る。
>どんな現象も、自分がそれに与える以外の意味を持たない。(現実は中立である)
>アファーメーション(確認する)


かなり、うさんくさい教えですね。
賢者とされる人とかぶるような言葉を巧みに取り入れながら、でたらめな編集をして、
結論として全く使い物にならない酔っぱらうには都合のいい内容です。

こんなものを良く広めるなと、感心します。

魔王サタン、天使の体裁をした悪魔の教えとでも言えばいいのか。

ご都合主義の、理論も何もわかりもしない者が、
賢者の吐き捨てた言葉の種々の階向けの内容をごちゃ混ぜに都合のいい部分のみを寄せ集め、
酔っぱらうための材料に使っていると言う内容です。これでは絶対に悟れません、断言します。

こんなものをベースとして構築された教えは、使い物にはなりません。

ただし、「ワクワク」は用い方を工夫すれば、良いですね。
スピ系でも良いものは良い、私はスピ系を全面否定したくて言っているわけではありません。


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