したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

7春日:2014/11/12(水) 17:26:16
忘れていたが、谷中に住んでいた時があり、丁度施設を出て、独り暮らしを始めたのが、月三万円程度のアパートで便所は共同であった。二階の隣の隣の部屋は女性の芸大の方がアトリエとして使用していて廊下には私があげて描いて…もらったベーコンチックな顔の絵がある。時々彼氏と一緒に歩いていたり、銭湯へ行く時にすれ違ったものだ。まあ芸大生といっても無数にいるが、自分の美術に対する思い入れから、あるいは男として特に心に残るのであろう。施設を円満に出て、自分は何かをしたいけど、何をすればいいのか分からない状態で陶芸をすすめられて習ったのもその頃であった。

8春日:2014/11/15(土) 02:34:22
幡ヶ谷のアパートへと移り住み始めたのは、そこにT氏が住んでいたからで、私はそれ以前やっていた仕事を辞め、引越しの時は大きなダンボール一つであった。前日、そして幡ヶ谷に着いた時は薬の酔いが回っていて、出てくる時アダルトビデオを編集したテープを、思い切って捨てた覚えがある。何年か後に、アダルトの制作会社の編集部に勤めた因縁…である。駅前のパチンコ店で三ケ月位働き、その後六本木のSMのショーパブで働くようになる。T氏の彼女が芸大の子で当時私と年令は変わらなかったが、ある夜私のアパートへと訪れて来た。私のアパートは洋服屋、リテイル屋の裏の狭い風呂なしのアパートで、彼女はT氏と別れた、と告げる為にやって来た。私の当時の部屋は照明がなく、夜は真っ暗で彼女とヒソヒソ話をした。そして彼女は、途中トイレへ行って用を足す。木造モルタルの部屋で、音が響く。要するに彼女は「どうぞ食べて下さい」と暗にやって来た。それは、私とT氏がSMパブで一緒にサロンみたいなことを始めたり、近づいた。彼女は具体的に交、行為を口にする。性病…?だったか、ただ私も当時急に彼女が出来たばっかりだったし、私は妄想はひどいが以外と頭だけで、具体的性、加え乱暴は、はっきり一度覚えている。他にもあるだろうが、あの時は相手に、申し訳ないと今でも思うのである。

9:2015/04/29(水) 10:12:22

にどねをしてしまいまつりにはさんかができぬがきょうはいけぶくろへといくそしてうつわをだしてつやけしのしらはぎがいいかどうかはできあがりをみてからかんがえるとしてうつわのみつをうけとりいいだばしからきんだいびじゅつかnへといきそしてかなりあるきたいきもちなのであるでんしゃではざっしをよみきるかんじでいきそしてあるきにはこじきでんとのりとをよみあげることだそれでくわえてさくらをひとつよみたいとはおもうのであることたまのかいほうはひとつをぷりんとあうとをしてじたくでいっかげつあたためてしょしゃするよぶnなはんしがあるからそれをりようたんかはめもをたよりにあるていどはできあがるであろうきょうはあちこちあるいてみることだかえってきたらとちゅうとしょかんでうたをまとめあげてよるにこじんへとだせたらかんぺきとはいえるができるはずなのであるけっきょくこのがいどがあればことたまのまなびのさーくるはたちあげることができるのではなかろうかそのようにもおもえるここでかんがえているじかnがあればさーくるをめーるあどれすひょうきでまたつくりまいてそれをしごととすることができるのではなかろうかとかようにおもうものなのであるはいくのあつまりにもきょうみがあるしただぶらぶらとあるいているだけというよりはもしやことたまのまなびにとういつをするのかつじはいつつまでできるであろうがりくりとしてさーくるのちらしづくりをやってみるというのかそれともひとにこmrんとをするときのなまえにするそのためにそれもわるくはなかろうとおもうのであるがいまはとにかくきょうはともかくいけぶくろときんだいびじゅつかんへといくことをするのだ

10名無しさん:2015/05/09(土) 01:18:05
iroironakotokaatutakeretoimaikiteirukotokatotusenarikatakuomoetanohamitukaranonamaemoarihuutounohensimonituuninarikokotehanasiwoshitemitukarawototonoerukotokatekirehasorenarinotankainikitakotoninarunotehaarousituhaihashiyoukaitearikousitehanasiwosurukotokatariteinakatutaashitahaesuherantonohukusiyuutoutanokanseiwoshitesouhuwosurukonkaihakiyosumisirakawanitemukaihinisuwatutaonnnasansiyuumitonomononohisatoashitosunetaitonasukaatosorenarinikawaiikuririsiikashiriyouwohisanouetehirakusonosutotukinkuhahatanoirotokamihitoetearuosekisanhamirukotokatekisuanohokuroahatnohahaahakikonsiyatearimusumehutarinikowoharamaserumousoumohuusennoyounihukuramukaasuhashitukarisuwarikehuhasirasetekutusitesimaisuwaresuniaritanotakasikarisuwariutatoesunohukumanahiwosurusoshitehiteowokaesunotaatarutohanankatukarerunotakakarirehaiisaeikahayoukanohukikaenoaruakushiyountokakayoikakonoeikanosekaikaramomousukosinuketasitaikihunnanotehaaruokorekaramouhitotumiteyasumutokinikusuriwohukumiharatetehaketawatashiwoosekisanhatouomoinuretawakemokuwaetanohatetuhanoanokenakenanaasunanota

11名無しさん:2016/03/07(月) 00:10:37
ストローの端を二人でくわえ込み副流煙を相手に送る

確か一度目にタイへ行った時、サムイ島のラマイ・ビーチに日本人が集まっていて、M 君を中心に大勢と毎日薬漬けののんびりした時を過ごした。夜中のディスコへ行く前に、ラマ・センというゲスト・ハウスの一室でヤーマーと言う覚せい剤をばっちり決めて行くのだが、その時の事である。皆アンフェタミンをあぶってそれをストローにて吸い込む。その後、口から吐き出される副流煙を再びストローを用いて、別の人にその相手の口中へ送り込む、煙を送るのである。M 君の彼女の女の子はそれ程美人という訳ではなかったが、日本人女性…紅一点という事もあり彼女とは日本の那須の温泉ホテルで知り合ったのだが、その時よりもずっといい女に思えた。ストローを私とその相手の子とで両端を口にくわえ相手の顔が間近になる。肌の白い子だがほっぺが少し赤らんで妙に色っぽい。只キスをするよりもエッチな気分になる。周囲では皆が見ている訳だし…でアンフェタミン(ヤーマー)の最後の煙をストローを通して送るのであった。今から 15 年くらい前の事であろうか。

12:2016/03/19(土) 22:04:18
正しさやより良い幸を説くもののその実態は何であろうか

お寺の班の方と一緒に、折伏の活動に参加をした。〈正しい宗教は一つだけ、そうでないと幸せになれない…〉一緒に回った厚い信心を持つ女性の言葉が心に残っている。お寺の活動には時折、参加して外部との接点を多少持てば良いだろう。

積徳の布教の後の夕げにと油ののった豚肉を食う

朝からお寺のの行事に参加して、その日は座談会へ出て、街折に出て、夕方の勤行にも参加をした。途中、コンビニにてカップ・ラーメンを食ったが、帰宅するとぐったりであった。帰り道駅のスーパーで買った値下げされた豚肉を食べながら、その日一日の宗教的な行為が水の泡になった様な気がした。

大勢の唱題の声に紛れ込みぼんやり仰ぐ妙の一文字

夕方の勤行まで、多少無理をして出たのはその後半月は出る、参詣が出来ないだろうから、当分来ないからという気持ちがあった。その時には、人に向けてコメントして話をWeb上でしていたが、それは余り自分を良い方向へは持って行かなかった。

信仰は人それぞれで構わないただ自らが属す居場所か

日蓮の本仏論は、一見整合性を感じさせるものの自分には受け入れ難い事だった。日蓮自身が考えていた事、結局日興が作り上げた事であったのだろうと想像する。そもそも、末法以後日蓮が只一人の仏であり続けるという事は有り得ない。

仏とは影の称号みたいだと本仏論の自賛に嫌気

なので学会その他の正宗から分裂した方に対しては、戻った方が良いのではとは思うが、別に何か他に信仰をしていて安心を得ているのなら、それで構わない気がするのである。〈神、神様〉と似て、信心…それぞれの人の心の中の問題であろう。

お寺へと足を運ぶは声出しとより良い音を求めんがため

大本も正宗も…いいや、禅寺へ時折行けばと考えていたが、三か月をおいて京都へ行く事になった。その直前お寺へと行事に二度参加した。信仰に関しては心のもやは未だ晴れないままであるが、先ず自分の生活のリズムを掴む事が大事だ。

親族に近寄り過ぎてお寺へと逃げ出しただけそういうことだ

心身共に不調なまま、年初めは金欠だったし、親族に頼る事、お金の事が多かった。その反動でお寺へ行って、それ以外の触れ合いを求めた。確かに、大本よりも気楽にお金の憂い、引け目を感じないで活動に参加出来る。農業体験だけを、時折息抜きで参加すると良い。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板