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「愛」といえば善の極みでしょ?「正義」はもちろん
正邪の「正」ですよね。ですからこれは善悪正邪の二
分的な思想をバッサリと否定してるんです。
その理由は宣言の二行目に書いてある通りなんですが
世間様のいう「愛と正義」にはエゴイズムのエネルギ
ーが込められてるぞと感じ取っていたわけですね。
803氏はなかなか言葉のエネルギーに敏感な方ですか
ら「デマ」って言葉に涙が出るほど悲しくなった。そ
んな803氏ですから803氏も「愛と正義」という言葉を
改めて聞くと横田氏に共感できるかもしれませんね。
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これをもう少し分かりやすく申しますと、「おっちゃん
おっちゃんあんたあの娘を愛してるというけどな、それ
はあの娘(こ)が美人さんだからなんか?そんなら事故
か何かで見られん顔になったら好かんようになるんか?」
愛する理由は?ってことですね。
「おばはんおばはんあんたあの娘(こ)にやさしゅうせ
いというけどな、それはあの娘が事故で見られん顔にな
ったからなんか?初めから不細工やったらやさしくせん
でもええのんか」
愛さなくては許されない理由は?ってことですよ。
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いやぁ「これが愛なんです。私は貴方を愛してますよ。」
って言われたら、そりゃ私も「けっこうです。貴方の愛
は要りません」って言いますね。
横田氏は世間がいう「愛」の言霊はこんな低いバイブレ
ーションでしかないことを見抜いたと思うんですよ。
だから「愛」を否定したんですね。愛という言葉で飾っ
た憐憫とそこに隠された差別意識を拒否したんですよ。
てことで続きは又明日。
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アラサーさん、おはようございます。
親バカ話で恐縮ですが、私は第一子が生まれた日、腰を抜かしそうになったんですね。
つい力み過ぎた、というのは冗談で
自分の子どもが体外に出た瞬間、それこそバイブレーションのように、私を大きく震わすものがありました。
自分より大切な存在がこの世にある、という実感。
育児雑誌にも書いてなかったし、愛情が希薄な家庭で育った私には衝撃でした。
あのときばかりは、見えない世界と繋がって「しっかり頼んだぞ」と言われた気がしました。
嬉しかったけれど、キャパのない私には責任重大過ぎて、いまだ毎日のように狼狽えております。
横田氏に世間様が押し付けてきた『愛』は、そういうのではないなあ。
『正義』という言葉は、そういえばじっくり考えたことないなあ。
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『ナイフによらずに言葉で人を殺す原理であり、メスによらずに言葉で人を生かす原理』
↑
こちらはどなたかの格言ですか?アラサーさんのお言葉ですか?
心が動かされました。胸にしっかと刻みます。
そうか、太陽やお星さまと繋がるのはまだ難しそうだけれど
言葉なら私にも使えます。素敵な大ヒントを有難うございます。
激しい世の動きを検索したり読んだり嘆いたり憂いたりするばかりで
自分自身で書くことを忘れていました。
アラサーさん、後ろの方、いつも有難うございます。
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こんばんは。
日付が変わってしまいましたけど、まぁまだ寝る前なの
でセーフということでお願いします。
>812 「私を大きく震わすもの」
意識エネルギーを体験して見ますと本当にそのとおりで
大きくエネルギーが流入しますと震えるような体感があ
るんです。それも大変精妙な震え方という感じがします
ね。
812さんの場合は第四チャクラと第七チャクラが強いエ
ネルギーに感応しているようですのであなたの受け取っ
た感覚、感想は正確なものなのだと思います。
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第四チャクラは通常愛のチャクラと呼ばれてると思うん
ですが、実際に第四チャクラが機能すると胸の波動体験
にビックリします。第四チャクラは胸のチャクラです。
いやこんなん聞いてないよ。世間ではこんなにも愛だと
か恋だとかの話題ばかり想念ばかり溢れているっていう
のにどうしてこの現象のことを誰も語らないの?語って
る人がいないのよ?って不思議になりますね。
実際は語っている人もいるんでしょうが、声が小さくて
ちっとも世間には流れてきませんね。愛の波動と好きの
興奮状態とを完全に混同していると思います。
-
私の愛の波動体験は割と最近のことなんですよ。といっ
てももう七、八年前のことなんですが。
私は前にも説明したと思うのですが、子供の頃から「慈
悲」という言葉は理解できるのですが、どうしても「愛」
と言う言葉の意味がわからなかったのです。永年謎でし
た。もちろん世間でいう愛は分かるんですが、それには
強烈な違和感とそれは全然違うじゃないかという確信し
かないんです。
かといって「愛」って何か?と自分に問うても何も答え
が出てきません。
ですから「愛」とは何か?という問いは永年私の中で大
きな課題になっていたのです。
-
実はもう一つ分からない言葉がありました。
それは「こころ」とは何か?ってことです。
人はよく人間は「こころ」が大切だ、って言いますし、
いろいろな本を読んでもそう書いてることが多いです
ね。
ところがこれがまた私には幾ら考えても「愛」の時と
おんなじで分かったようでわからない。幾ら考えて自
分なりの答えを出したように思っても分かったという
感じがしない。つまり分かってないんです。
-
そしてこころが大切だと説く様々な本を読んでみても、
大切だというのはわかるがではこころとは何ぞ?という
一番肝心な問いには、私が納得できるような答えを示し
てくれた本が無いんですね。
いやぁこれはもう私の人生における2大謎になってしま
ってずっと心の片隅を占めてきた疑問だったんです。
それが意識エネルギーの体感を追求し始めて、まず「愛」
について、なるほどと思える理論的考察というか理論的
な「愛の定義」を得たのですね。そしてまた「愛の体感」
を得ることが出来たのです。
-
七、八年前に得た愛の体感というのは次のような体験で
す。
私はそのときある掲示板を読んでおりまして、とある発
言者に注目しました。大変知的なだけでなく、澄み切っ
た感じの存在に思えたからです。そこでその発言者の発
言に対して私も感想を述べてみたのです。
ところがそこから不思議な体感が始まりました。なんと
胸のチャクラが開く感覚がするのです。胸が温かくなり
ぐっと中で何かが膨れ上がったような感じで胸を中心に
身体に微細で精妙な振動を感じるのです。暖かいバイブ
レーションですね。
突然そんな体感が始まったのです。
-
ビックリしましたけど、冷静に投稿しました。すると
なんとその方からもすぐに返しの投稿があって、暫く
の間チャット状態のやりとりになってしまいました。
私は理論的に「愛とは存在同士のエネルギーの交流で
ある」という定義を得ました。これは私が思うような
「愛」を知的に説明するための言葉です。
しかしこの胸のバイブレーション体験は単なる言葉で
はなく実際に二人のエネルギーの交流を体験です。
二人のエネルギーが繋がり合って共鳴する。それは頭
で考えるよりずっと感動的なエネルギー体験でした。
-
そしてこの体験によって、エネルギーの交流は相手によ
っては互いに認識しただけでも自動的に始まってしまう
ことがあるのだ、という点にも気がついたのです。
二人は顔も名前も知りません。しかしお互いに認識し、
意識を向け合うだけでもエネルギーの交流が起こる場合
がある、とは凄いことではないでしょうか?
この話、もう少し掘り下げてみたいんですが、今日は時
間も遅いのでまた明日に。
では失礼します。
-
こんにちは。
昨晩は友人から妹さんについてチャネリングをしてアド
バイスして欲しいと頼まれたので彼女について様々な角
度から聞き倒していたら朝になってしましました。
その方は事業所の責任者が代わってそれ以来何をしても
悪い方向にとられて責められ、手足となっている部下を
「役立たず」と決めつけられて次々人を減らされている
状況で、それでも休日返上で仕事をこなしていてるので
す。しかしさすがに精神的に疲れてもう辞めようかとい
う気になっているみたいです。
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世の中あるあるの一つですね。テンプレみたいなお話で
す。
>822 4行目 「聞き倒して」→「訊き倒して」
そこでこの方について訊いてみたところどうもそれは彼
女の運命が職場を離れるべく後押ししているようでした。
彼女の職場の責任者が何年か前に代わったのですが、責
任者が代わることでその職場の運命も波動も責任者に従
って下降局面に入ってしまったのです。そのために彼女
のエネルギーとは合わなくなってエネルギー的な反発現
象が起こっているようです。
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そんな職場はさっさとおさらばして、暫く休養して次の
職場を探したら?と思ったのですが、更に訊いてみると
「次の職場を探す必要は無い。もう働かなくて良い」と
の通信なんですね。
どういうことなんですかと思いますと、どうも運命自体
が彼女が職場を離れるように促しているのですね。
もう働く時期は過ぎた。これからは内面の充実に全力を
尽くせ、みたいなね。
それで内面の充実とはと探ってみるとどうもめちゃくち
ゃ要求が高いのですよ。
-
まるで地上に降りた菩薩様に「おい、地上生活の精算に
かかれよ。ちゃんとレポートまとめて提出な」って言っ
てるみたいな要求度なんです。
これはおかしいな?と思ってさらに彼女の寿命を探って
みますともう10年は残されていないようです。
ですからもう働いてこの地上の厳しい体験をする時間は
過ぎたので、これからはそれを糧に体験を知恵に変える
取り組みをしなさい。そして残された時間はギスギスし
た辛さしんどさではなくて、丸くて暖かく楽しい感情で
満たしていきなさい、という感じなんですね。
-
そして彼女の人と為(な)りを姉である友人に確認して
みました。そうすると本当に菩薩様のような人なんだそ
うです。
彼女自身は最初妹のことをぼんやりした何も出来ない子
のように認識していたそうなのですが、学校にあがると
頭角を現してきて学業もスポーツもトップを取っていた
ようです。
そこでその学校は外国系列の学校だったので本国政府か
ら目を付けられて本国政府の支援で外国系の大学校に進
学するよう話があったそうなんですが両親の猛反対で思
い止まったそうです。
-
そのように能力も非凡なものがあったようですが結局
大学には行かずに高卒で働き始めます。彼女の非凡な
のは能力だけではありません。彼女は絶対人の愚痴も
批判も言わないのだそうです。だから女性が多く集ま
って揉(も)めやすいようなところでも彼女がいると
揉め事にならないそうなんです。
道理の通らない人が自己主張しても「仕方がない」と
受け流せ聞き流せる人なのだといいます。
いやこれ絶対に本物の菩薩天使やん。
そして設定したこの世の時間の終わりが近づいている
ので早く帰り支度しろってことか。
-
この方は真面目に与えられた職責をどこまでも果たそう
としてしまうので、放っておくと死期が来るまで働いて
しまいます。
それでは困るので早めに仕事を辞めさせようという運命
の采配があったということでしょう。
いやぁこんなことがあるんだな、って思いながらチャネ
リングしていました。
この方の場合、なぜ死ぬまで働くより早めに仕事を辞め
て人生レポートのほうに専念しないといけないかという
と二つの理由があるようです。
-
一つは生きているうちに人生の意味や価値に気づく体験
をすることですね。
人生っていろいろ理不尽な事に出くわすじゃないですか。
少々の理不尽ならばしょうがないなで許すことも出来る
のですが、とんでもない理不尽に出会うこともあり得る
し、また環境によったら理不尽なことに毎日会い続けて
逃げ出せないことだってあり得るわけですよ。
いいことばかり続く人生なんてなかなかないものですし、
そもそも魂としてはそんな退屈な人生はあまり望んでい
ない、ということもあります。
-
このように自ら望んだとはいえ理不尽な苦しみに遭うと
なかなか生きている内にはその理由もその体験の価値も
分からないものです。
死んで初めて様々な霊的指導者に教え諭(さと)されて
永年かかってやっとこさ苦しみの意味を理解してゆく、
って流れになりますね。
でもこの過程を生きているうちに着手できるって凄くな
いですか?霊界での学習と浄化に必要な時間と修行を、
ある程度地上で済ませて帰るってことですよね。
-
生きている内に自分の人生の意味や価値に気づく体験が
できるようになると、それは能力として次以降の人生で
生かすことも可能になってくるでしょう。これが一つ目
の意味ですね。
そして二つ目の意味は先ほども申し上げたように霊界に
帰ってからの過程を短縮できるという効果があります。
何か目的を持って早く生まれ変わりたい、と言うような
ときには便利です。
-
ですからこの妹さんの場合には、できるだけ早い時期に
生まれ変わる計画があるのかもしれません。
まず一度生まれてみて現代社会の様子を身をもって体験
してその仕組みや人々の考え方と問題点を理解する。
次に社会の仕組みや考え方に大きな変化が起きない間に
時間を置かずに生まれ変わってきて今度はしかるべき影
響力を発揮することを狙うってシナリオですね。
なかなか興味深かったので投稿しました。
次回は >821 の続きです。
では失礼。
-
おはようございます。 >821 の続きです。
相手を認識しただけで胸のチャクラの共鳴体験をした、
という経験のお話をしました。
このように意識のエネルギーは私達の想定外の動きを
することがあり、様々な現象を引き起こして参ります。
私達が気がつかないうちに意識のエネルギーの働きに
よって心や体に影響を与えてゆく事があるわけです。
では一般的には意識のエネルギーはどのような伝わり
方をしているのかを考えて見ましょう。
-
これについては以前詳しく通信で確認してみたことがあ
るのでそれに従ってご説明します。
まず意識エネルギーは接近や接触によって伝達が可能で
す。
次に意識エネルギーは相手に想念を向けることで伝達が
可能です。
また意識エネルギーは言葉や文章により伝達が可能です。
最後に意識エネルギーはセックスにより伝達が可能です。
これは接近や接触の一種と考えられるのですが、やはり
特殊な形態なので別カテゴリーで考えるのが良いと思わ
れます。
-
いまのところ私には原理的にはこれだけと考えられるの
ですが、この四つの原理を応用するだけで様々な技術を
使うことができます。事実古来から様々なテクニックが
開発されているようです。
さてそうしますとこれによって様々な意識現象、肉体反
応を説明することが可能になります。
例えば人酔いという現象があります。
私が四国の田舎を出て初めて京都の四条河原町に行った
とき人酔いしました。当時は人酔いという言葉すら知ら
なくて、一体どうしたのかしらと思ったものでした。
-
その場にいるだけで違和感を感じて体調が悪くなるんで
すね。これは自分に馴染まないエネルギーが飽和してい
る空間や人と、接近や接触したから説明することが出来
ます。
もちろん霊的な影響、意識エネルギーの存在を認めない
立場からは視覚情報などの情報過剰による脳の処理能力
オーバーによって体調変化が起こった等と説明は可能で
すね。
霊的な存在を実証しようとしてもなかなか難しいのは、
霊的現象や存在を否定する立場であっても肯定する立場
からであっても、どちらからでも同じように説明が可能
な点です。決め手がないんです。
-
ですから、ときどき「魂が実在する、意識が実在する、
あの世があるということを、疑いようがないように確実
に証明して欲しい」って方がいらっしゃいます。
でもね、だけどね、ですけどねー、…ですよ。
これは実は証明すべき問題ではなくて選択の問題なので
はないのか?「魂なんて無くて人間は単なる物質の集合
なんだ」、という見方を選択するか、それとも「永遠に
実在する魂意識が存在して肉体は魂の仮の物容れ物だ」
って見方を採用するのか、どちらを選択して生きるかは
自由に任されているのだ、というのがこの要求に対する
私の回答です。
-
そうしますと、現代文明は一応物質的な世界が絶対で
あるとの考え方にたっております。まぁ物質とは何か
と深く追求を始めるとそれは魂や精神の世界に行き着
くのだというような考え方もできるようですが。
とりあえずは魂や意識が実在するのではないのだ、と
いう立場ですね。魂とか意識といっているのはそれは
脳内の物質的作用の結果に過ぎないのだ、というわけ
です。
この考え方はこの考え方で成り立つのですが、ところ
がそれもここまででこのまま進んでもその先はあまり
芳しくないことになりますよ、てのが私の立場です。
-
>838 名前入れ忘れです。
だから文明転換を進めて、この先物質的文明と精神的
文明が調和するように持っていきましょう、という提
案ですね。
そこで一番の鍵になるのは実は魂があるのかどうか、
意識があるのかどうかが問題じゃないんだ、いや本当
の問題は価値観の転換にあるんだ、ってことを示し訴
えたいんです。
そこのところが変わんなきゃ、過去の幾つも崩壊した
り駆逐されたりした精神文明と変わらなくなってしま
います。
-
では現代文明の価値観はどんなもので、どこに問題が
あるんだ?って話になるんですが、それが >768 辺り
から話している問題、平等とは何かってことでもある
んです。
私は現代文明を支配する価値観は序列意識だと思うん
ですよ。
誰が一番か、二番は誰で三番はだれか。最下位は誰な
んだ?って順番付けることに熱心すぎるって思うんで
すね。
時々順番を付けるのはケシカラン!!なんてご主張で
運動会の徒競走を全員一緒にゴールさせた学校があっ
たなんて笑い話があります。しかしそんなことが理想
だって言ってるわけではありませんよ。
-
私が言うのはこういうことです。
はいはい、君が100人中1番だというのはよく分かっ
た。それから僕が100人中100位だってのも間違い
ないよ。
だからなに?
-
そう言うと一位の人はなぜかすごく不満になるらしいの
です。
「俺は一位なの。凄いの。偉いの。ほめて!ほめて!私
よりずっと下の、最低の100位の君や順番の下の人た
ちは僕の言うことを聞いて当然なの!最低のくせに僕の
言うことを聞かない君は悪いやつなの。罰せられて当然
なの。虐められて泣くのがいいの。君は下なんだから僕
の所に貢ぎ物を持ってくるのが良いの。君の持ってる良
いものはみんな一番の僕が持ってるべきなの」
こんなところですかね。これがDQNというものですね。
-
私は順位をつけることそのものがいけないとは思いませ
ん。
しかし順位が上であることを良しとする現代の思想・価
値観の根底には上のような想いが潜んでいるじゃまいか、
これはアカンでしょう…っていう。
実際よく考えて世の中の有り様を観察してみますと、現
代の文明の矛盾の根底にはぶっちゃけ上のような暴れの
ガキんちょのような想いが根底にありませんか?学校の
成績で一番を取るのが偉い。お金儲けで一番になるのが
偉い。おまいら一番を目指せ。一番になれないやつはク
ズ。
そうするとなんと人々は色々な一番を作り始めるのです
よ。
-
どういうことかと言いますとね、分かりやすいのがやは
り学校ですね。学校ではまず成績で一番、二番、三番、
その他…って厳然たるテストの点数という数字で順番が
決まってしまいますね。
そうすると面白くないのが余り成績の良くない人たちで
すよ。でも彼らも自分が可愛いですからね。お前は100
番。最低。人間のクズ。存在価値なし。などと決めつけ
られてはやってられません。
そこで全く別のジャンルで自分たちが一番になれるカテ
ゴリーを作っちゃうわけです。つまり喧嘩(けんか)の
順位です。そして番長とかその配下の幹部に納まるわけ
です。
-
覚えてますか?155スレで私がヤクザ屋さんの親分
のお家に遊びに行って「なんでヤクザ屋さんやってん
ですか」みたいな質問をした時のことを書いたと思い
ます。
そしたらその親分さんこんな趣旨のことを言いました
ね。
「アラサーさん、あのね世の中はね官僚とか警察とか
企業とかもみんな東大を出たような頭の良い人間達が
回して支配している。だけどね、俺たちだってやれる
んだ、凄いんだって世の中に示したいんだよ」
ああ、なるほどねって納得しました。
-
さて頭の良さの順位、力の強さの順位という二つのカテ
ゴリーが出来てそれぞれ自分の学校というテリトリーで
棲み分けるわけですよ。
ところがこのどちらのカテゴリーにも嵌まらない人たち
はどうも面白くないわけですよ。大体ね、大多数の人た
ちは頭は良くないです。それに腕力もへなちょこなんで
す。
そうすると今度はこうした大多数の人が参加して覇権を
争えるようなカテゴリーが作られてきて、その中の一番
を争うようになってくるのです。イケてる度のカテゴリ
ーです。ファッションカテゴリーですね。
-
歴史的に見ると成績カテゴリーが中心だったのが明治中
期まで。
腕力カテゴリーが加わってきたのが明治後期から昭和後
期まで。昭和の時代に腕力カテゴリーは部活の場を舞台
にするようになります。
ファッションカテゴリーが学校の中で勃興してきたのが
昭和後期から。平成中期に至るもうファッションカテゴ
リーがはばを効かせます。
これが一番はっきりしている舞台はもちろん中学・高校
です。つまり中学・高校は勉強を競う場所ではなく、部
活とファッションを競う場になっているといえそうです。
-
もちろん学校は学習を基盤として設立運営されている組
織ですから成績カテゴリー自体は無くならず、また進学
校と呼ばれる学校では相変わらず一番幅をきかせるカテ
ゴリーなのです。しかしそれ以外の一般校ではなんとい
っても一番参加者の多いカテゴリーであるファッション
カテゴリーが優位性を持っています。
こうしてカテゴリー間の競争によってスクールカースト
が作られてゆきます。カーストは参加者の大小で優劣が
決まることが多いのではないでしょうか。
そうするとオタクカーストは最下位カーストになります
ね。
-
アラサーさん、こんばんは。
夢に初めてアラサーさんが出てきて下さって
「Do it if you want to ! 」と励まして頂きました。
エイゴデキナクテ マチガッテタラゴメンナサイ。
なぜ英語だったのだろう。
私の勘違いでなければ、アラサーさんが文明について語るときは、何か危機を感じているとき。
いま逃げ場はありませんが、まだこの国に住んでいて大丈夫でしょうか。大学受験とか言ってる場合じゃなさそうな気が。考え過ぎなら良いのですが。
-
こんばんは。
一昨日、昨日(20日夜)と元教え子の超長電話相談
に乗っていて、投稿できませんでした。
なぜ長くなったかというと、もともとは携帯の機種交
換の相談だったのです(電子モノに弱い子でしたので)
が、まぁ本当の悩みがぽろぽろぽろとこぼれてきまし
て。
性器の形が変だ。ビラビラが伸びすぎて彼氏が出来た
ときにとても見せられない、どうしようっ、て相談は
この子ではありません。別の人です。この子の相談は
もう少し深刻な女の子あるあるの話でした。
-
それはなにかというと「自分は一生彼氏なんて出来ない
んじゃないか。」って悩みでした。
彼氏いない歴年齢で、これからもとても彼氏ができそう
な気がしない。しかし自分の周りの従兄弟や姉妹や友人
も次々と彼氏が出来て、妹に先にイケメンの彼氏ができ
たのが、先を越されるとは思っていたけれどいざ実際に
イケメンの彼氏の写真を見ると嫉妬で辛い……。
まぁ、そうだよね、って話です。
そりゃ終わる話も終わらずに長電話になってしまいまし
た。
-
「そこはあなたそんなこと考えてちゃダメですよ」な
んて野暮(やぼ)は話は、私はいたしません。だって
彼女がそう感じ、そう考えるのは仕方ないことだから
ね。Youtubeの高橋洋一先生じゃないけどね、訓(く
ん)垂(た)れてたって仕方ない。誰も人の訓聞きた
くて電話してるわけじゃないですからね。
だから素直に、一切お節介な私の正義の判断を押しつ
けようという気持ちは持たずにただ彼女の気持ちに寄
り添って「ああ、そう。」と話を聞いていきました。
そうすると段々彼女の本当の相談が声になって出てき
ます。
-
それで彼女の相談を要約しますと、このままでは一生
彼氏なんて出来そうにない。かといって妹や従姉妹や
に先を越され、差が付けられる感じがするのも辛い。
体験だけしてみるのもアリかな。
何の体験かな?
意地悪ですね。ちょっと楽しんでませんか?もちろん
いつもアレとかあれでぼかされてしまうアレですよね。
-
いや、それもアリだと思うよ。
「良いんかい!」ってビシッと突っ込みが入りそうです
が、私はまぁそれもアリだと思っています。
私の理論と体験から言えば、セックスは男女のエネルギ
ーの循環交流、つまりエネルギー現象です。それは存在
にとっての本質的なエネルギー現象の一つですからそれ
をあれやこれやと理屈を付けて封じ込めようとしたり弾
圧するのは根本的に問題があります。
かといって行き過ぎて無秩序になってしまうと破壊と混
乱を招いてしまうようですからバランスの感覚は必要で
すね。
-
それにそもそもですね、青少年のセックスにああでな
いといかん、こうでないといかんって言ってるご本人
さん達は、それなら自分たちはいけないことは何もし
てません?ん、ん、んーん?じゃないんですか?
どうも自分たちはやってはいけないことは何もしてま
せん、子供達青少年の皆さんも、もっと自分たちを大
事にして運鱈間鱈と訓垂れる資格のある善男女は、実
は全大人の5%?くらいしかいないんじゃないか?っ
て疑いを私は持っています。
-
いや貴方子供さんには厳しいこと命令してますけどね
それなら貴方は結婚しているのに何月何日にどこで何
してましたか、って詰められたら皆赤くなったり青く
なったりしなければいけませんって。
自分たちは好きか嫌いか知りませんがいろんな体験を
やっておいて、相手が年若いからと言って体験の機会
を奪ってコントロールしようとするような動きをして
はいけませんね。
-
ですから中には年若くして私が電話相談を受けたような
悩みを持つ人もいるわけですけど、それは少しおおらか
な態度で受け止めても良いのではないかと思うわけです
よ。
やはり私の塾での教え子の一人で、中学二年生で彼氏が
出来た、つまり合体を体験した子がいたんです。私はそ
れがわかったので、「君彼氏いるだろう」って言ったら
顔を赤くして「なんで分かったん?」って言ってました。
-
彼女は学校では先生方から不良みたいに扱われているの
ですが、それは本当に表面的な判断です。先生にも敬語
を使わずにタメの言動をしたり、ズバッとモノを言った
りするところだけを批判して決めつけて不良だと思われ
てるのです。
しかし実際は全く違います。人間的な真面目さが、学校
でいわゆる良い子とされている子以上に真面目ですし、
洞察力もあります。
しかし学校と言うところはいかに先生の言ったとおりの
子供になるのか、いかに勉強の成績が良いかの二点で子
供の優劣善悪正邪の順位付けして行ってしまいます。
-
本当は真面目な彼女ですので、私に見破られて暫くして
親に報告したんだそうです。
実は彼氏が出来て、セックスもしていますって。
そうしたら両親に爆笑されたそうです。
「お前なぁ、そんなこといちいちセックスしたかどうか
まで親に報告する必要はないんやで。自分でちゃんとし
てたらええ」
そう言割れた、とわざわざ私に報告してくれました。
まぁ私はこの両親の考えに賛成ですね。子供に対しては
そのくらいのおおらかがあっても良いんだと思います。
-
言割れた→言われた
初めて見る誤変換パターンですね。
えっと、長電話の話はもう少し紹介した方が良いのかし
ら?需要があるようなら続きを書きます。
>849 夢
私は夢の中の話はよく分かりません。
以前師匠に
「君と夢の中で会って、ふふふこんな話をしたよ」
と言われたことがありましたが、全くこちらの私自身
は忘れて何も思い出せませんでした。
-
ですから夢の中で会ったと言われても、それが本当に
私が会ったのか、それとも私に近い存在達の誰かが会
ったのか、あるいは可能性としては849氏の守護霊
様や指導霊様の姿が私のように感じられたのか、それ
は残念ながら私にはわかりません。
でも849氏は今まさに前に一歩踏み出すべきだと、
ご自身でもお感じになっているのでしょうね。そうお
感じであるならば、理由を付けて先延ばしするよりも
勇気を持って前に進んで見て考えるべきでしょう。
-
>849 文明について語るときは、何か危機
私はそういうふうに自覚しているわけではないのですが
時期的に申しましても私の体験と学習の進度から申しま
しても、もう熟成するための時間から行動するための時
間に移ってきたなという実感はあるのです。
私の場合、一番大きな行動は概念をできるだけ多くの人
に誤解の無いような形で文章にして伝える、という仕事
になります。そのために必要な「愛」の概念、そして最
近になってようやく「こころ」の概念を言葉として表現
できる段階に至ったということです。
-
2011年の155スレで日本におけるユートピア社会
の幕開けは最速で34年後、という内容の通信を得たは
ずです。
それから早くも10年が過ぎましたが、この間私は意識
エネルギーの研究を「身体に聞く」という手法で進めて
参りました。
その結果、この世の全ての現象はエネルギー現象である
こと。そして過去の時代の様々な心の教えも意識エネル
ギーの理解を通さなければ正確に理解することは不可能
なのだと痛感するに至りました。
-
そしてこの10年で私自身のエネルギー現象について
の体験と理解が集積し、ようやく「愛」や「こころ」
について自身の納得が得られるようになってきたわけ
です。
概念を形にする、というのが私の仕事です。この仕事
を文章を使って進めるうる段階に、ようやく到達した
と言えそうです。
また出来れば残り24年間でユートピア社会が幕開け
できるように静かな運動を進めてゆかなければなりま
せん。
-
それは現代社会の価値観に大きな転換をもたらしてゆ
く仕事であり、一人一人の価値観を生長させてゆく事
でもあるんです。ぼんやりと「こころが大切」ではな
くて、「こころ」とは、「こころを大切にする」とは
具体的に何を大切にするのか、そのイメージを一人一
人の心の中にくっきりと描いてゆく仕事になるわけで
す。
誰かが「これが解答です」と用意したプリントをひた
すら覚えるのではなく、自分自身で証明をきちんと心
の解答用紙に書き上げてゆく。解き直しと称して教師
の解答を書き写す作業であってはならないのです。
-
それは皆さん自身が体験し、己のこころを発見してゆく、
そのような体験を成し遂げることが必要なのです。
私が第10グループと呼ぶ人々はそのような意識エネル
ギーについて潜在的に大変高い能力を持つグループであ
ります。実は意識エネルギー現象については一言私がヒ
ントやアドバイスを出せばすぐそれを自分の体験として
更にその先を行く能力の持ち主の方々が集っておられま
す。
ただそれはこのような物質文明の中では気づいたり表現
して伝えたりすることがこれまでは極めて困難だったの
ですね。
-
しかし過去の日本文明の集積の上に現代の情報文明が
進んで参りまして多くの方が意識エネルギーについて
理解しやすい環境が整って参りました。
同時に文明の進歩は崩壊のXデーを近づけてもおります。
一般には文明崩壊と言えば環境問題が意識されており
ます。
しかし私は現代の国際社会の動きを見ておりますと軍
事的な問題、核戦争の問題の方が遙かに危険であると
思っております。あるいは角を背景としたやっかいな
強権的物質文明の危険性ですね。こちらの対策の方が
より緊急で重大な課題だと考えております。
-
つまり過去から未来へはユートピア社会実現のチャンス
が迫り、一方では未来から現在には非人間的機械文明・
物質文明、若しくは核戦争による文明崩壊の引き返せな
いスタートイングポイントが迫っている、と考えること
が出来ます。
最近の極東四国、中露朝鮮韓国の動きを見ておりますと
四国とも驚くほど急速に異次元の核戦力構築に向かって
いるのです。これはとても危険なことですが、技術の進
歩として止められない動きでもあります。
その結果、ある時点でもう行動に移らないならばユート
ピア社会実現の芽が消えてしまうことになると予想でき
ます。
-
私はこの二つの動き、つまりユートピアと人間奴隷化
(の機械文明、物質文明)の潮流がせめぎ合うポイン
トはもっと先になるのではないかと思っていたのです
が、最近の活発な韓国や北朝鮮、中国ロシアの軍事技
術の発展を見ておりますともう来年がそのポイントに
なるのではないか、と感じずにはいられません。
韓国、北朝鮮の潜水艦発射弾道ミサイル実験、韓国の
原子力潜水艦や核兵器開発計画、北朝鮮、中国、ロシ
アの極超音速滑空ミサイル、AIを活用した無人機や各
種無人兵器の開発の進み具合がとても早く危険です。
-
そういう意味でいよいよ文明転換のための活動に入る
けれども、その本質は何か、ということがまず大切で
す。方向性。エネルギーのベクトルを明確にしておく
ことが大切だねという意味で、それは世間様のいう善
悪正邪や愛などというモノではありませんよと。
文明転換には世間様がいう「愛と正義を否定する」こ
とが必要ですよ、と。なぜならそれは序列意識、そこ
に上が善し、下は悪しという価値観が埋め込まれてい
る。これじゃダメだぁってことを言いたかったんです
ね。本当の価値観は人間の尊敬。それは平等であるっ
てね。
-
こんばんは。
上で、「愛と正義を否定する」と書きましたが、これは私の
言葉じゃありません。これは日本の障害者運動の歴史の中で
は大変有名な言葉の一つでして、脳性麻痺者の団体「青い芝
の会神奈川連合会」の横田弘さんが機関紙創刊号に発表した
「行動綱領」の一節です。
脳性麻痺というのはなかなか大変な障害でして、横田さんも
随分苦労されるんですね。そうした苦労の中で世間が言う愛
や正義という言葉の中に隠された偽善や差別・傲慢に気づい
ていったのでしょう。彼はみんなが驚くような宣言を出した
のですね。
-
彼ら「青い芝の会」の運動の歴史は大変興味深いもので、また
この先紹介する機会があるかもしれません。
そもそも「愛と正義」と言うようななんとなくこそばゆいような、
またなんだか妙に嘘くさく感じる価値観は外国の価値観であって、
日本的な価値観からするとどこか違和感を感じると思います。
しかし何でもかんでも理屈で説明をつけ、どこから文句が来ても
正しさを主張できるように運営しようとしますと、その価値観は
愛と正義というような言葉に集約されてしまって、それが私たち
を縛っていくように思われます。
-
まぁそういうわけで、自己主張、自己顕示のための「愛と正義」
を振り回し、寄らば切るぞと群がる敵をバッタバッタと切り捨
てていくのは確かにカッコ良くは見えるんですけどね。だけど
それではいつまで経っても本当の平和は来ないんじゃないか?
本当の平和はお互いに存在同士の敬意を基盤としなければ成り
立たないんじゃないか?
存在に対する敬意を基本とした関係性を基盤にした文明に向か
わなければならないのではないか?
正義と称して敵を作るのはちょっと違うんじゃないか?
ということですね。
-
こんばんは。
ちょっと始めに私が考える文明転換のシナリオについて
お話しさせて下さい。
その後で私が現時点で考えている存在や意識、魂という
ものについて、あくまでも現時点の私の考えということ
で説明させて頂きたいと思います。
どちらもこうでないといけないとか、これが正しいとか
主張するわけではありません。ただ今の時点で私として
はこのような考えでいることで一応矛盾を感じること無
く考えを進めているのだ、というに過ぎません。
-
また皆さんの考えがここで説明する私の見方や考え方と
と真っ向からぶつかるようなものであったとしても、ふ
ーん、そう考えてるんだ。って感じで聞いておいて頂き
たいのです。
だって誰かが自分と存在をすり替えていきられるわけで
もありませんから、私は私の納得を追い、皆さんは皆さ
んの納得を求め続けるしかないではありませんか。
そして一見反対方向に進んだとしても、進んだその先で
また互いに相まみえ合流しないともいえないのです。
-
君は左にゆくのか。ならば私は右へ進もう。そして10
年20年30年と経ったとき、最初は互いに離れるばか
りだと思った両者の考え方、見方が同じ立ち位置に立っ
ていることを発見したとするなら、両者の到達したその
位置は、スタート地点と比べてより真実に近いものであ
ると言いうるのではないでしょうか?
いやそんなことあるの?おかしいでしょ!って思います
か?
それがですね、何事も真面目に疑問を追求してゆくと、
「なんだ、地球は丸かったんだね」なんてことがあるん
です。
-
そういうわけで今私が考えている文明転換のシナリオを
お話しします。
文明転換は二段階で起こります。
それは目に見えない精神世界での文明転換。まずこれが
最初に必要です。
次に具体的な、目に見える形の文明転換です。社会、経
済、教育、思想などがぐいぐい切り替わってゆき新しい
考え方のもとで試行錯誤が始まる時期ですね。
常識的に考えて文明転換するからと言って一挙にユート
ピアが実現するわけじゃないと思っております。時には
かなりしんどい努力を迫られたり、何度も何度も方向転
換が必要とされるかもしれないですね。
-
最初の段階の目に見えない精神世界での文明転換ですが
実はこれも何段階かに分けて起こるだろうと考えており
ます。
それは社会全体はあまり善くなってゆく様子がないまま
多くの災害や事件が発生し、一体このままどこに向かっ
て進んでゆくのだろうかと人々が不安を抱えている時期
です。この段階が第一段階なのですが、実はこの時期に
深く自己を探究して理解し、愛と慈悲の真意に到達する
人々が増えてゆくのです。
この時期、真実の愛と慈悲にいたる人々がどれだけ出る
かが次の変化へのパワーとなります。
-
今がまさにこの時期ですね。この時期に愛と慈悲、こころ
の価値観に目覚めた人々が続々と増えてゆくことになると
思われますが、それは社会全体からはあまり知られること
もなく、またあまり注目されることもないまま、いわば深
く静かに潜行して進んでゆく変化なのです。
現在多くのユーチューバーの方がスピリチュアルな発信を
するようになって参りました。私も何人かそうしたチャン
ネルをお気に入りに登録して楽しんでおります。ただこう
したチャンネルは本当にピンからキリまでなので、鵜呑み
にしないでしっかりと自分の判断をしてゆくことが大切だ
と思います。
-
はっきり言って、こうしたユーチューバーの活動に触発
されて愛と慈悲の本質に目覚める方が出るとしても、そ
れはごくごく少数にとどまるだろうと思っております。
ではどのような人々から静かな動きが起こるのかという
と、最初に目覚める人々が一番多く出てくるのは私が第
10グループと呼ぶ人々になるだろうと思うのですね。
このグループはその転生において「力」を深く知解して
きた人々、つまり私がいう意識エネルギーの活用と理解
に長(た)けた人々であります。
-
なぜ「力」のグループからまず文明転換の変化が起こるの
かというと、存在の本質は知恵と愛と力の三位一体のエネ
ルギーだからだと思います。
現代文明は知を極めているとされる学識経験者を上位に置
き、知恵と愛で物事を理解し組み立てようとしております。
しかしそれではどうしても片寄って正確に理解できない部
分が残ってしまいます。そして肝心の「愛」も歪んだ姿の
ものになっている可能性が高いのです。
それが証拠に現代の学識経験者の中から、この人は愛を悟
っているね、と思える人を挙げるのはかなり難しいです。
-
第10グループと呼ばれる人々は過去世における転生で
あるときは僧侶として深く精神世界をのぞき見て自己の
内なる力に目覚め、また魔女や隠者として暮らして自然
の中におけるエネルギーを体感して生き、ときには超能
力者として生まれて意識エネルギーの駆使を体験した等
の経験を持つ人々であるといえます。
それ故過去の体験は内在された知恵として存し容易に現
代にも復活させることが可能です。私が一を言い、少し
実践してみれば、ああこのことね、と二も三も理解でき
るのです。それは魂の経験の中ですでに知っていること
ばかりだからです。
-
第10グループの人々が力に目覚め、自分の心の中に
内在する力の使い方を真摯に追求してゆくと自分とは
一人で存在しているのではないことを魂の実感として
理解できるようになるでしょう。
自分とエネルギー的に繋がった人々が苦しいと自分も
苦しいと、理屈や想像の世界で理解するのではなく、
体感として実際に苦しいことに気づいて驚くことでし
ょう。「自分さえ善ければ良い、という考えは間違っ
いる。仲間が幸せでないと本当の自分の幸せも無いの
だ」という思想は、単なるお題目でなく、現実の自分
自身の苦痛であり幸せでもあることに気づいて驚くで
しょう。
-
ここまで行けば「愛」の概念の完成に近づいていると思
います。
お題目としての「愛」は頭の中の知的な遊戯として出て
くる「愛」であってなんだかわかるようでわからない。
掴めるようで掴めない。それを語れば人に感動は与える
ことが出来るが所詮(しょせん)はお話。ひとときの感
動にしか過ぎません。
私が指摘する「愛」の体験はお話ではなく、まさに触っ
て手で掴(つか)めるかのような実体のある愛の体験な
のです。
-
そのようなまさに触(ふ)れれば触(さわ)れるような
愛の体験を基盤として愛や慈悲の理解に至った人々が日
本に1400人もいれば、変化は起こり始めます。
それは意識世界における強力な愛の概念のセンターにな
り、常に真実の愛のパワーを放射し続けであろう。日本
という国に住む人々の冷えた心をも、冷めることのない
真実のエネルギーで暖め続け、疲れささくれだった心に
も安らぎを回復させ続けるであろう、というのが私の認
識であります。
10万人に一人くらいの割合でそういう人々が存在すれ
ばよい計算になりますね。
-
この段階になれば日本の精神世界で大きな変化が見られ
るようになるはずです。
愛とは何か、人間の在り方はどうあるべきか?人生の価
値観は何か?こうした本質的な問いかけをする人々が増
え、またそれに対する適切な回答や、社会における体験
などが次第に多くの口で語られるようになることでしょ
う。
ここまでが文明転換の第一段階であり、その第一段階で
起こる変化の様子であります。
この話はまだ数日続きそうですね。では今日はここまで
で失礼。
-
こんばんは。
それでは文明転換の第一段階の足取りをもう一度整理
してみましょう。文明転換の第一段階は目に見えない
精神世界において起こります。人々の心の中の変化で
す。
そしてこの変化もまたいくつかの段階を経て進んでい
くことになると思われます。まず最初はこころの発見
ですね。愛と慈悲の真意を発見した人々が出てきます。
それは知的に優秀な人々というよりも、霊的な高い能
力を持ったり、意識を深く研究した人々の中から次々
と出てくるでしょう。
しかし世界はまだ彼らの存在には気づかないのです。
-
次の段階は霊能者ではない人々になります。彼らはこの
地上に生まれる以前の過去世や意識世界で深く「力」と
「愛」と「知恵」について学び体験してきたけれども通
常の能力、つまり0能力者であることを選んで生まれて
きた人々です。
一部の霊能者だけが真実の愛にたどり着け、霊能無き者
は愛を知ることもこころを知ることもなく彷徨(さまよ)
うということになるのなら、単なる霊能文明であり意味
がありません。ですから霊能がないのに心の悟りに到る
人々の存在こそ新しい文明にとっては重要になってきま
す。
-
つまり私と同じ様に特別な霊能力はお持ちではない人達
ですね。霊能力は無いけれども心の在り方、愛の真実に
深く目覚めてしっかりと慈悲と愛の概念を確立した人々
が現れてくるのです。そして彼ら彼女ら、主に彼女らな
んですが慈悲と愛の行為を日常生活の中で具現化してゆ
くべく努力を始めるのです。
彼女たちによって日常生活の中の様々な場面で、そして
家庭生活の中で愛の言葉、慈悲の言葉が普通の言葉とし
て語られるようになってゆきます。
しかし世界はこの段階でもまだ彼女たちや彼らの存在に
気づきはしません。
-
その次の段階は彼ら彼女らの数が飛躍的に増えてゆく
(といっても千人、二千人というレベルですが)段階
です。
彼ら彼女たちが家庭の中で愛と知恵の言葉を語るよう
になると子供達は敏感に反応し始めます。なぜならそ
れは子供達がこの現実世界に感じていた違和感を解消
してゆく言葉だからです。子供に何かこちらの考えを
押しつけるのでも主張するわけでなくても子供達は良
く理解し、かえって私達をリードするようになるかも
しれません。
家庭は劇的に変わって愛の結界が機能し始めます。
-
ここまで世界は全く彼らや彼女たちの変化には気づかな
いのです。しかしその人数が1400人を超えてゆくと
次の質的変化が起こって参ります。それは第10グルー
プ以外の人々にも変化が起こり始めるのです。
この前後頃から真実の愛、心の在り方について、まるで
自分は前から知っていたかのように語り始める人々がな
ぜかあちこちで現れ始めるのです。それは敏感な心の共
鳴現象である、と言えます。
この現象は急速に広がってゆくのですが、社会全体に影
響を与えて人々の注目を集めるようになるには時間がか
かります。
-
そこから10年も経てばとうとう世界は気づくようにな
ります。
教育や経済や経営や福祉など分野に応じて様々に形を変
え、装いや名称を変えたとしても、愛と慈悲の概念を本
質とする新しい考え方に多くの人々が触れてゆくように
なります。
つまり単なる概念に止まらず、それを現実社会でいかに
形にしてゆくか、様々な理論と実践が生まれるようにな
るのですね。それはやはりなかなか一筋縄ではいかない
こともあるでしょう。しかし従来の常識では考えられな
い成果を出すことがあることも認識されるようになって
ゆくはずです。
-
この辺りから文明転換は第二段階、精神世界での変化か
ら現実社会の変化の時代、即ち具現化の時代に入ってく
ることでしょう。
この時代までが文明転換の起動グループとして第10グ
ループが主役になって活躍する時代です。それは文明の
基盤となる霊的エネルギー、意識エネルギーを蓄積する
仕事であると言えるでしょう。
エネルギー的観点からはその働きはめざましいのですが
三次元的な尺度で見ればほとんど誰にも認識されない仕
事になります。
-
それ以降は他のグループにお任せなので私の関心がある
のはここまでです。
以上が私が今の時点で考える文明転換のシナリオです。
つまり第10グループは文明転換の起動グループであり
次世代文明の基本概念である「愛」「慈悲」「知恵」
「こころ」といったものを一人一人が追求し自分の心の
中に揺るぎなく確立し、生活の中で実践することを求め
られているのです。
ところがこれはいきなり求められても現代の物質文明の
中で生きる人間には理解が大変難しく、とうてい一人で
到達できるものではありません。
-
そこで第10グループを起動するための存在として霊能
力者の方達が控えていたわけですね。第10グループは
力のグループでありますので、「霊能力」という「力」
を備えた人々も含まれていたわけです。彼ら彼女らは天
性の霊能力に溺れることなく真実を求めて学び続け、つ
いに愛と慈悲の真意に到達した人々です。
そして私自身も彼らのうちの何人かの支援を受け、アド
バイスを受けてようやく己の納得の地点に至ったという
ことであります。
-
さて私が考える文明転換のシナリオについては概略では
ありますがお話しできたのかな?と思います。
そこで明日からは現時点で私が考えている存在と意識、
目に見える世界と目に見えない世界の関係について説
明させて下さい。あくまで現時点での私の考えなので
それを押しつけようという意図はないのですが、私の
話を進める上でどうしても知って頂いておかないとう
まく伝わらないと思いますので。
それでは失礼いたします。
-
おはようございます。
以前2ちゃんねるで155スレをやっていたときは、
「守護指導霊との対話というのが何か特別な人だけがで
きる特別な能力ということではない。事実は誰もがやっ
ている日常的な精神活動なのに、みんなそれに気づいて
いないだけなのだ」。そのことに気づいて頂ければ、と
いう想いでやっておりました。
そしてその目的はある程度成功したのではないかと考え
ております。
いまこの業務連絡スレもそのときとちょっと似ています。
それは、気づいていない事実、気づけていない意識のス
テルス領域がある。それに気づいて欲しい、という想い
です。
-
なかなか気づきにくい意識のステルス領域とは何かと申
しますと、それが意識エネルギーの世界なのです。
私達は日常、四六時中互いに意識エネルギーの受信と発
信を行っております。そして受信や発信をすると体感を
伴うのですね。気分が良くなったり気分が悪くなったり
します。
世の中には「あの人の側にいると気分が良いね。」「あ
の人と喋るとスッキリするね。」ということがあります。
そういう人のことを「気の良い人」と呼んだりすること
があります。それは善い意識エネルギーを交換して頂い
た、ということであります。
-
「感じる」という現象は物質的な刺激(エネルギー)に
よって引き起こされるだけではありません。何らかの意
識エネルギーを受信するときにも何かを「感じる」ので
すね。この原理を逆に使うと、「感じる」事によって意
識エネルギーを自由に送信することすら可能となって参
ります。
これが私が「感覚の問題」と名付けた現象です。
私達の心の中で「感情」が大きな領域を占め、時にこの
波のように押し寄せたり去ってゆく感情に人生を翻弄さ
れることすらあります。
この感情という現象は意識エネルギーの送受信活動その
ものではないでしょうか?
-
意識エネルギーの交換はどのような方法で行われるでし
ょうか?
これについては暫く前にもお話ししたと思うのですが、
「言葉」、「身体的接触」、「思念」、「空間的距離
(接近)」など七つくらいの方法に分けることが出来る
ようです。
例えば私達は様々な言葉を聞きます。人々が語る様々な
言葉の中には、たとえ短い言葉であってもそこに価値観
や世界観の設定が含まれており、相手を生かす方向か害
する方向か、あるいはその中間なのか何らかの方向性を
持っているものです。
私達はそれに無意識に敏感に反応しているのです。
-
生徒が分からない問題があって教師に質問したとしまし
ょう。教師は「ん?その問題、出来ないの?」と言った
とします。
そうするとこの短い言葉の中に教師の価値観・世界観の
設定と言葉のエネルギーの方向性が相手に伝わってゆく
のです。そしてその設定や方向性は、教師の価値観や意
識を反映します。
ある教師は「問題が良く解けて成績が良い人間が上。問
題を解けなくて成績が悪い人間は下」という価値観を持
っていたとしましょう。この価値観が「善悪の好み」別
名「善悪の木の実」ですね。
-
これ実はですね、あらゆる人間差別の根本にある意識、
人間には「上等」な人間と「下等」な人間の2種類ある、
という価値観なんです。
現代文明は知識文明、知性の文明です。知性の文明は善
悪の木の実を喰らって上等と下等に区別し差別してゆく
文明なんです。
偉い人は表面では「差別反対!」って熱い言葉を吐くん
ですが、文明の本質がよく分かってないのでは?と疑問
に思います。
さて教師が差別意識を根底にして「出来ないの?」って
いうと、なんとそれを聞いた生徒はたったそれだけのこ
とで一瞬で教師の意識空間に絡(から)め取られてしま
うんです。
-
つまりその教師の一言で、それまで平和な天国だった生
徒の心の中に「ああ、問題が解けないのは悪いことなん
だ。サクサク解けるのが良いことなんだ。自分はこれも
解けないので劣等な人間なんだ」とバヒュンと一瞬で新
たな価値観が構築され、その世界の中での自分の立ち位
置が示されてしまうのです。
もちろん教師が問題の解けなかった子供に侮蔑(ぶべつ)
の声のトーンや斜め上から見下ろすような視線を伴って
「出来ないの?」って言えば凄く効果的です。が、恐ろ
しいことに悟られないよう普通に言ってもこの効果が出
てしまうのです。
-
そうすると子供はそれ以降勉強する度に出来ない自分を
意識するしかなくなります。勉強することがストレスに
なってしまいます。このストレスから抜け出す道はどう
すれば良いか。
一つの解決策は「上等な人間と下等な人間」という2種
類の人間の設定に適応して生きることですね。つまり上
等な人間を目指して上等に近づけば良いのです。勉強し
て成績を上げてゆく。クラスの中、学年で成績上位を目
指せば良いわけです。
しかしそもそもの設定の嘘くささの中で疑問を感じず忠
実なのはどうなのよ?お前イヌなの?DQNは本能的にそ
う感じ取るわけですよ。
-
これがDQNがガリ勉を嫌ったり馬鹿にしたりする理由
の一つなんです。DQN(ドキュン)侮(あなど)るべ
からず。
DQNの方々は実は意識エネルギーの体感に非常に敏感
な人々が多いんです。まぁ体感だけで生きてゆこうっ
てのがダメなんですけどね。
もう一つのストレスの解決策はどうかというと、そり
ゃストレスから逃げることですよ。勉強からの逃避で
すね。逃避先はどこかというと、部活、スポーツ、音
楽、おしゃべり、ファッション、SNS、YouTube等など。
-
勉強から逃避して逃避先で上等な人間を目指す、という
手もあります。部活、スポーツで良い成績を出して上を
目指す。そうすると学校や大人が喜んでくれて学校は本
人の大きな名前を書いた垂れ幕を吊るしてくれたりしま
すね。
でも結局それ「善悪の木の実」の上等人間・下等人間2
種類の人間があるって価値観のなかでうろちょろしてる
だけです。本質的にストレス(苦しみ)からは解放され
ないんです。初めからストレスかけて上等人間にならな
いと下等人間になってしまうぞ!って強制しようとする
思想なんですね。
-
なんで強制しようとするかというと、この上等人間と下
等人間の2種類の人間に差別する思想、これを「善悪の
木の実」設定と名付けるとしますと、これをよくよく観
察してみると実はこれには裏設定があることに気がつく
んです。
それは人間は本質的に悪なので信用できねぇって思想で
す。本質的に悪なので善なるおいら達が強制的に矯正し
てやんなきゃなんねぇよ!っていう「正義」の思想なん
ですよ。
これが異国の思想設定ってもんです。
神仏の正しき教え伝わる極東某国の設定とは相容れない
西洋の思想設定なんです。
-
我が国の設定は「人の性(せい:本質)は善なり」なん
です。「人の性」どころか涅槃経というお経には「草木
国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」
って書いてあるってぇじゃありませんか。全ての人どこ
ろか、草木や国土まで仏になる、って言っております。
これ存在の本質は全て善であるって言っているのと変わ
らないですね。
これが我が国の意識の設定であり、東洋の意識の設定だ
ったのです。まぁ東洋の意識の設定っていっても色々あ
りますが、その中でも最良のものが我が国で受け入れら
れ受け継がれてきたということです。
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