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『web「生命の實相」輪読会』 板

216a hope:2016/08/13(土) 13:03:19 ID:vdNCBnG6
>>215つづき)p72 後から1行目〜

ですから、われわれは近親者が旅行でもするという時に、陰膳(かげぜん)というのを据える人がある。

あれもまたはなはだよいことであって、迷信ではないのであります。

その人を目当てに陰膳を据えて、「どうぞおあがり下さい。どうそ健康でいらっしゃいますように……」と念ずると、必ずその念波がその人に通じて、その人が食物に不自由しない、あるいは不自由するようなことがあってもあまり腹が減らないで、念波の食物を吸収しているから腹が減らないで、不思議に元気で働けるということになるのであります。

そういうふうに霊魂の食物というものは、われわれから与えられる善念をもって最も滋養物とするのであります。

ことに、われわれが真理(さとり)の念波を放送して、真理の念波を相手方の霊魂に吸収させてあげるということは霊魂には絶大な供養になる。

それですから、この『甘露の法雨』のようなお経でも、『生命の實相』でも、また真理が書いてあるものならキリスト教の聖書でも、仏教のお経でもよろしいのです。

それを先祖の霊魂に、意味がわかって読んで誦(あ)げるということは大変よろしい。

ただ意味の分からぬ漢文の棒読みを、何が何やら分からないで誦(あ)げているのでは、供養の愛念の放送としてはいくぶん効果があっても、それはサトリの念波ではないから最高の救いにはならないのであります。

最高の救いは、やはり真理のお経を意味が本当に分かって読むに限るのです。

そうしますとそのお経を捧げられる相手方の霊魂は非常に心が富み、心が満腹し、生命が生長するということになるのであります。

ですからわれわれは暇があれば朝晩は必ず「祖先の霊魂の悟りのための供養として……」といって生長の家の聖経『甘露の法雨』を誦(よ)むなり、先祖から伝わっている宗教の経典を読むということにされることが祖先に対する子孫の務めなのであります。
(つづく)


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