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Web誌友会 板/2

74復興G:2013/02/09(土) 10:43:53 ID:AB6RqYXc

a hope 様。

a hope 様が、
『 虚説とは何か』 副題(虚説と和解しないために)
のレポートを掲示してくださり、初心者様にも声かけをしてくださったおかげで、いっそう深く実相の研鑽、真理の研鑽ができましたね。感謝します。

ところで、私はweb誌友会板>>1851
>>1849・1850
a hope さま
>>わたしたちは、生長の家の大神さまの導きにより巡り合った、魂の家族なのだと思います。まさに「生長の家」の家族ですね! ですが、たとえ家族であっても、意見の相違があったり、相手を理解できなかったりすることはあると思います。だからと言って、決して相手を悪人と決めつけたり、排除したりせず、>生長の家の原理原則、「人間は神の子」と自分を拝み、すべての人を拝むということ。<が真の「生長の家の教え」ということでしょうか…?<<
なんと素晴らしいことを言ってくださるのでしょう。
そうですよね。
そして、「八紘一宇」という日本建国の理想は、八方の世界人類みな一つの魂(たま)の緒でつながった家族のように、仲よく拝み合って行こうということですから、この日本の心を全世界に広めて行くことが、イエス・キリストの説かれた「御国を来らす」ことであり、釈尊の説かれた金波羅華の浄土を地上に持ち来すことにもなる! それが、大日本世界国(ひかりあまねきせかいのくに)の理想である。だから、この真の日本を守ることが世界平和の礎になる。それが真の「生長の家の教え」なのだと思います。
ありがとうございます!≪

と書き込んでいました。つまり、

≫>生長の家の原理原則、「人間は神の子」と自分を拝み、すべての人を拝むということ。<が真の「生長の家の教え」ということでしょうか…?≪

ということを肯定していました。それだのに、初心者様が
>>37
>>ホープ様は、相手の実相を拝むときには、まず自分の実相を拝み、その実相と相手の実相をひとつとみるのだから、それは主観、客観の二元論ではない、といっておられますが、これはちがいますね。自分の実相を拝むということじたいが、すでに二元論なのです。
たとえそれが自分の実相であったとしても、それを拝んでいる何者かがかならず存在します。実相といっても、その実相にはつねにその何者かが欠けているのです。<<

と書かれたことを肯定し、>>59
>>◆現象界のすべてのものは、時間・空間のスクリーン上に相対的に展開されており、現象界には「絶対」というものはありません。「絶対」とは、対立がない(対立を絶している)ということです。ということはすなわち「一」であるということ。「二」ではない。主観と客観が分かれる以前のところであり、「自他一体」「すべてが一つ」であるところ。
だから、「現象の自分はナイ」と自分を消したところに、実相があらわれる。
現象界は相対界であり、実相界は絶対界であります。
「実相」には「私の実相」「あなたの実相」といった数多くの実相があるわけではなく、実相は「一」であります。それは初心者様が>>37でおっしゃっている通りです。<<

と書いています。
上記のことについて、補足させていただきましょう。
<つづく>


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