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Web誌友会 板/2

2501復興G:2013/07/29(月) 23:24:52 ID:AB6RqYXc

 さて、“先祖供養についての講話” のまとめに入りましょう。

 「万教帰一の生長の家」ならでは の先祖供養について、書かねばならぬと考えています。

>>2462 で書きましたように、

<<○宗旨の異る霊魂を一緒に祭祀してもよいか(『人生を支配する先祖供養』p.53〜 抜粋)
生長の家の教えは万教帰一であるから、その祭主が生長の家であり、その心に他宗排斥の心がなければ、日蓮宗も真宗も本来一つという祭主の心が通ずるから構わない。
 要は供養する者が正しい信仰をもって行えばよいわけである。特に、生長の家は万教帰一であるから生長の家の信徒であれば聖経 『甘露の法雨』 を誦げてあげればよいのである。それにて何宗の人々の霊魂も皆救われるのである。>>

 とお教え頂いていますが、また次のようにも書かれています。

<同上書p.30〜31 要約>
<「宗旨を変える事によって起る障害」――往々精神病者の家族を持っているとか、あるいは変なえたいの知れない病気――小児マヒであるとか、癲癇(てんかん)であるとか、舞踏病であるとか、医者の方でちょっと原因不明な病気を持っておられる方が、その率にしてクリスチャンの方が多いのである。それはキリスト教がわるいのではないが、キリスト教が日本に移入されたのがきわめて近代であるために、祖先の霊魂たちがキリスト教というものを知らない。神道であるとか、仏教であるとかの信仰を持っていて、耶蘇(ヤソ)という名前を聞くだけでも嫌いだというふうな、異教を毛嫌いする霊魂たちが先祖に多い。それで霊界で村八分的になり、置き去りにされたような霊魂が、子孫に救われようと思って子孫に憑(かか)って来ると、医学的には原因不明な病気を現わす――(要約)>

 ――さて、私の祖母は熱心なクリスチャンでした。その祖母が霊界から私を生長の家に導いてくれたような気がするということを、前に書いたことがあります。

 わが家の宗旨は天台宗、仏教です。
 祖母はひとりクリスチャンです。

 で、「宗旨を変える事によって起る障害」 はないか?
 そう思われるような障害の事象は、ありました。

 孫の一人が中学生の3年間不登校で、ほとんど学校へ行きませんでした。家にひきこもり、たくさんのカメを飼って、カメばかりかわいがっていました。
 実は祖母の名前が、「カメ」 でした。

 これは、上記 「宗旨を変える事によって起る障害」 についてのご教示に関係があると直感しました。

 私が、お釈迦さんの教え(仏教) とキリスト教の教えが、神髄に於いてまったく一つの同じものであることをはっきりと会得して、それを先祖に伝えることができるように精進することが求められている、と思いました。

 自分の中に先祖があり、先祖のいのちと自分はいっぺんも離れたことがない。だから自分のからだをさすりながら 「ご先祖様ありがとうございます」 と感謝してもいいのだ。そして、ご先祖様を神として拝む生長の家の先祖供養こそ最高の供養だという榎本恵吾先生の言葉に、感銘を受けました。

 それで、>>2488 に書いたように先祖を拝むご供養をするようになり、真理の研鑽精進をしていると、「生長の家の歌」 の歌詞に、万教帰一の神髄が歌われていると思いました。仏教もキリスト教も、「久遠の今」 の教えであるとわかりました。

 そして、仏壇に安置されている阿弥陀如来像は、即 「永遠のキリスト像」 と見ても間違いないのだ、と思いました。

 仏教に帰依してきた先祖は、阿弥陀如来さまと一体であり、キリストを信じてきた祖母は永遠のキリストと一体で、キリストそのものでいらっしゃるのです! と拝むご供養、礼拝をするようになったとき、不登校だった孫に、すごい変化が起きました。

 高校に進学して毎日登校するようなっただけではありません。もともと持っていたすぐれた運動能力を遺憾なく発揮し、今自転車ロードレーサーとして飛び抜けて注目される選手になっています。具体的なことは省略しますが……。
 毎朝5時起きして、登校前に山道を約60km走るトレーニングをし、一日120kmぐらいは走っているようです。

 初めて高校生として日本一の記録を出したのが昨年8月19日、宇治別格本山 盂蘭盆供養大祭本祭の日であったことも、何か因縁を感じさせられます。
<つづく>


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