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「部室」板/4
2204
:
志恩
:2016/12/19(月) 07:43:56 ID:6hRUvSRg
新説: 「ポリネシア人のルーツが縄文人?」
京都大学大学院の片山教授は、「ポリネシア人のルーツであるラピタ人には、縄文人が関係している」と、
考えているようだ
産経新聞の記事から
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【日本人解剖】ルーツ 日本からポリネシアへ
3000年前の大航海に思いはせ
「日本人とは何か」と突き詰めて考えていくと、「日本人はどこから来たのか」というルーツの問題に突き当たる。
現生人類(ホモ・サピエンス)が日本列島で生活を始めたのは数万年前のことだが、そのころの祖先の特質がわれわれの体に受け継がれており、
そのルーツがわかれば現代日本人への理解はさらに深まる。第3章ルーツ編では文字資料がない先史時代の歴史解読に挑む。最初のテーマはポリネシア。
日本人の末裔(まつえい)かもしれない人々が住む南太平洋の島々に、人類が分布した歴史の一端を探る。(堀江政嗣)
われわれ日本人と現代ポリネシアの人々は遠い親類のような関係ということになる。
DNAや土器、人骨の年代分析など科学的な証拠はこの問いにどう答えるのか。次回以降、縄文人とラピタ人の関係をさらに掘り下げて探る。
◇
■ラピタ人 ラピタ人は、優れた航海技術と独自の文様土器文化を持った古代民族。約3300年前にニューギニア北東部の島から東へ航海を始め、ポリネシアの島々に次々と植民した。
基本的には漁猟採集民族だが、東南アジア原産のタロイモなど根菜類を栽培し、イヌ、ブタ、ニワトリを家畜として飼い、食料にもした。また植民した島々を往来し、盛んに交易も行っていたとみられる。
ラピタ土器は線や円などの幾何学模様や人の顔などが装飾され、窯を使わず、600〜800度の低温で野焼きで焼かれた。時代が下るにつれて土器の文様が次第に単純化。ラピタ文化の衰退とともにラピタ人も消滅した。子孫を含めると、航海範囲は東はイースター島、北はハワイに至る広大なエリアに及び、「石器時代のバイキング」とも呼ばれる。
〜〜〜ここまで〜〜〜
ポリネシアに広がった人たちのルーツが縄文人だというのは面白い仮説。
その頃のラピタ土器が、釜を使わない野焼きで、幾何学模様が入っていたというのも面白い類似性
3300年前と言えば、日本は縄文時代。
三内丸山遺跡が繁栄していた時代より700年は後だから、けっこう新しい時代とも言える。
三内丸山で発見される黒曜石は北海道の白滝村産
これが遠くシベリアまで運ばれていたようだから、縄文時代もかなりの交易範囲があったことは予測できる
http://kitanomizu.exblog.jp/6427598/
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