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「部室」板/4

132深海魚:2015/09/22(火) 19:53:49 ID:???
曵馬野さん

分かりあう手続きは、いらないのですか?
相手に こちらの言いたいことを、分かって頂くのは、本当は、技術とか 手法とかを、超えた「何か」に、あるのかもしれませんが、

あまりに 一般的な言語とは かけ離れた仏教言語や、もうひとかたのように哲学言語を使われても、
残念ながら、ほとんどの人間は、理解出来ないと思います。

話変わり、曹洞宗のことですけれど、
私は、曹洞宗のことは、開祖が道元禅師だということと、万法すすみて、ぐらいしか知識がなかったので、
少し知りたくて、曹洞宗の 南 直哉師 と 宗教学者 島田裕巳氏との

対談を読みましたが、南 師は、曹洞宗の 組織のこと、内輪のことも
隠さず語っていて、彼の、賢くて 誠実なところに、好感が持てました。
仏教界も 様変わりしており、 今、落としどころを探しているようです。

1,2,3とも読みましたが、3時間超えの対談だったそうですので、長いですから、
文は、そのうちの3の一部のみ、転載させていただきます。
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〃坊主 も知らない 仏教 の落とし穴【3】〃 対談:南 直哉×島田裕巳

青森県・下北半島にある「霊場」恐山。口寄せをする「イタコ」で有名だが、山内は 曹洞宗の菩提寺が 管理している。
院代の 南直哉師は、坐禅の聖地・永平寺で 約20年修行し、恐山に転じた 異色の経歴を持つ。
オウム事件から「直葬」の是非まで。
両極を知る 禅僧と 希代の宗教学者 との初対談は 白熱し、3時間超に及んだ――。

 映画『お葬式』の衝撃。  坊主は「サービス業者」へ


宗教学者 
島田裕巳氏
【島田】伝統教団の弛緩について、南さんはいつ頃から始まったとお考えですか。

【南】入山してまもなく、嘘の外出許可を取って、伊丹十三監督の『お葬式』(※注5)という映画を観にいきました。
「これは終わりの始まりだ」と思いました。最近では火葬場で読経するだけで、戒名もつけない「直葬(ちょくそう)」が急増しています。
「葬式仏教」のリアリティーが失われていけば、伝統教団の経済基盤は大きく揺らぐ。

檀家制度が崩れれば、いまある寺のうち7〜8割はやっていけないでしょう。

ただ、自然葬とか個人葬が従来の葬式に代わることになるかというと、そうではないと思います。弔いというのは、やってみないとわかりません。
散骨したあとで、後悔するご遺族もいるわけです。


青森県恐山菩提寺院代 
南 直哉氏
【島田】宗教の重要な役割は、いかに死を受け入れて、それを意味づけるかという点にあります。日本では仏教がそれを担ってきました。
曹洞宗は葬式仏教の祖でもあります。だから、曹洞宗の葬式はいちばん丁寧で贅沢でもありますね。

【南】だからこそ、永平寺の修行も儀礼中心主義になっていて、いまや坐禅よりも儀礼が修行として重視されています。
修行僧も、釈尊のような実存の危機があって入門してくる者は多くありません。結果、職業訓練所のようになる。

僧侶になったから、たまたま住職になったというのではなく、住職になるために僧侶になろうというわけです。
そうなると、出家すること、僧侶として生きること自体の意味を自覚する機会が失われてしまう。

「物の時代から 心の時代に入るから、仏教が求められる」という物言いでは 通じません。

これからのお坊さんは、消費者に選ばれる「サービス業者」なんですよ。それを自覚しないといけない。

ある若い修行僧に「寺なんて継がなくてもいい」といいました。おまえたちが継がなくても、本当に必要な寺だったら必ず続く。
それよりも、そもそもなぜお坊さんをやるのか。どういうお坊さんになりたいのか。その腹を決めるのが先だ、と。
③ http://president.jp/articles/-/11380

http://president.jp/articles/-/11379

http://news.livedoor.com/article/detail/8345102/


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