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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4
344
:
志恩
:2012/07/26(木) 05:20:07 ID:.QY5jUA6
>>342
:Kジロウ様
〜家政婦は、みた!じゃないけれど、縄文人の歯を、手に取って みた!〜
>>縄文時代では、ドングリを食べていたので、もっと噛む事が大切でした。<<
これは、本当の事です。
実は、私は、横浜のある地区の、小高い丘のてっぺんに住んでいますが、、最近になって、私宅が建っているこの地は、
ピンポイントで、古墳だったことを知りました。5世紀の中頃(今から、1500年前)に縄文人〜弥生人が、集落を作って住んでいた古墳跡だったことが。
(ここの古墳は、昭和11年に調査済で、出土品から、高貴な方、2体の入った棺から、慶応大学の考古学教授達が、回収し、
出土品は、1700もあり、重文指定になって、ある場所に、納められているということも、調べて知りました.
その後、整地して、土地を売ったのだそうです。)
それで、話が、後になりましたが、
大部まえのこと、うちに隣接した土地の斜面を、整備のために、深く掘り下げたときがあったのです、すると、「縄文人」のシャレコウベが、いくつも出て来たのです。で、私は、
「縄文人の歯」を手に取って、しっかり、この目で見ましたよ。その歯は、現代人の歯とは、別物に見えました。兎に角、根の部分の長い事といったら、そして、歯の象牙質っていうのかしら、
それはそれは、見た事がないほどの、ものすごく、丈夫そうな強そうな歯だったのです。
これだったら、どんなに堅い物でも、噛み砕けるだろうなと、そのとき痛感したことを覚えています。
古墳は、位の高い人を葬るためのお墓ですから、位の高い人が、納められた2つの棺が、ここの地から発掘されたことは、不思議なことでは、ありません。
なんと、当時の学術調査の結果、わかったことは、ここの長は、20代の麗しき女性だった。一対の男女が、出たのだそうですが、女性が、長だったというのはね。わからないものです。
うちの直ぐ,横にある土地には、たくさんの横穴住宅跡地もあったそうです。(集落跡地。今は、埋め立ててある)
こういう古墳跡は、横浜だけでも、90もあるそうです、でも、2、3は残して、後は整地して、道路か宅地にして、売ってしまっているそうです。
日本全国では、4700も、古墳跡は、あるそうですから、我々は、どこかで血筋が、繋がっているのかもしれないなぁなどと、縄文人の歯も印象的でしたが、ふと、ロマンを感じている今日このごろです。
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