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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4
130
:
スターダスト
:2012/07/10(火) 16:26:01 ID:uuNh/pjs
>>84
:さくら:2012/07/09(月) 11:29:54 ID:vxm3Yqkc
>>科学や物理的法則が、原罪だ、と称されていたことなどもそうです。
>>わたしは、罪があるとすれば、科学や物理の法則自体ではなく、その
>>とらえ方が、罪を生むのだとかんじております。
>>いわゆる左脳自我の増大によって、この法則の全体性が捕らえられな
>>くなったことの方が、問題だということです。
>>科学の法則も、宇宙の叡智の一側面とは、いえないでしょうか。その
>>法則に添うことによって、見えない叡智に「リアリティ」を感じるも
>>のがあると、おもいます。
科学者に罪があるのではなく、唯物論を信じてしまった人間に罪がある
のです。どのような罪かというと。例えば現在は、パソコンや携帯電話
などで意志の疎通が行われています。しかし、唯物論以前の世界(霊界)
では、その人を考えるだけで、その人が目の前に現れるのです。新幹線
も車もいらなかったのです。また、暑いときのために、科学者によって
クーラーが発明されました。しかし、『神様涼しくしてください。』と神
に祈るだけで涼しくなったのです。だから、霊の世界では科学はいらな
いし、唯物論的な考えは役に立たないのです。
しかし、人間は自然を動かし難い真理と考えたため唯物論の世界が展開
したのです。しかし、唯物論的な法則が支配している現在でも、神の祈
りは通じるのです。
そういうわけで、『人間神の子』を信じ、人間神の子を自覚し、『神想観』
などを行うと、今でも時として唯物論の法則を超越したような現象が起
きるのです。これが『実相顕現』です。
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