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本流対策室/2 板

833トキ:2012/04/24(火) 22:26:03 ID:b7IdKzXs
 こんばんは。最近、知っている人が不幸ななくなり方をしたので、それに関わってバタバタしておりました。
それに加えて、最近、各地にいる生長の家の知り合いから、地方の教区の惨状が伝わって来て、まあ具体的な
事はかけないですが、いよいよ「重大な局面」が近づいてきたのを実感しておりました。

 さて、少し話しを変えて、はなたれ小僧の頃に読んだ内村鑑三の「余は如何にしてキリスト教徒となりしか」
を思い出しました。内村鑑三は、無教会派のキリスト教の指導者ですが、あの本を前半を読むと、これでもか
これでもか、とアメリカとキリスト教の悪口が書いてあります。確か、「残虐なるキリスト教信者よりも、
経験な異教徒でありたい」という下りもあったはずです。帰国後、彼はキリスト教主義の学校の教師になり
ますが、生徒に仏教徒がいても、別に改宗を求める事はしませんでした。周囲のキリスト教徒から、それを
責められると、「信じる事は、何事も自由です」と返答をしたと言います。

 余談ですが、彼の長男の内村祐之は東大医学部教授ですが、彼の回顧録によると内村鑑三は相当、頑固で
偏屈な部分もあったみたいです。内村祐之は精神医学の分野で功績があり、また戦争中は海軍に協力して
南太平洋のラバウルに赴任し、戦時精神医学の分野で国家に貢献しています。プロ野球のコミッショナー
としても功績も大きいです。息子さんは、お父さんよりも、円満な人柄の人だったみたいです。閑話休題。

 丁度、その本を読んだ頃、やはり生長の家の活動をしている中で、組織や運動の矛盾点や不合理な部分を
見ていたので、内村鑑三の経験は、実に腑に落ちました。それで、よくよく考えると、「信じる事はなに
事も自由です」というのは、生長の家の中でも、同じではないか、と考えたのです。信徒として、谷口雅春
先生の説かれた事を学び、それを生活に実践する努力は怠ってはいけませんし、また、先達のアドバイス
は謙虚に受け取る必要はあるが、しかし、いかに自分の生長の家の信仰に自信があっても、それを他人に
強制する権利も誰にもない、とも考えました。

 谷口雅春先生の教えは広大無辺ですから、信徒の解釈も異なります。ただ、古い信徒さん、ことに
谷口雅春先生の直弟子と言われる先生は、そうじて謙虚で、自分の我見を入る事を極力、少なくされ
たという印象もあります。

 掲示版という場所ですから、自分とは違う意見が登場するのはよくある事ですし、場合によっては
対立もありますが、神様は、私達に自由を与えた以上、それは当たり前である、という前提にたち
その上で、自分の生長の家の解釈を披露する努力が求められると考えています。

 どうも、つまらない事を書いて、申し訳ありません。今後とも、投稿者様のご指導のほど、お願い
申し上げます。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白


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