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本流対策室/2 板
658
:
初心者
:2012/04/13(金) 12:51:18 ID:CHQEsNKk
ルンルン様
インターネットで検索しながら、何度も読んでいただいたということで恐縮いたしております。ルンルン様の几帳面なご性格が伝わってくる思いであります。
こちらで書いておりますことは、ずいぶん以前にも、当掲示板で何度か書いたような気がいたしております。そのころは、可能なかぎり用語の説明をいたしたつもりでありますが、おなじことをくり返すのは面倒ということで、ついつい説明なしにもちいてしまうことになります。このあたりの事情は、どうかお察しいただきますようお願いいたします。
ところで流体的世界でありますが、これはわたくしの基本となる考え方であります。ルンルン様は「法悦」という言葉を使っておられますが、流体的世界は、法悦どころではなく、それは狂気の世界であります。それを見たものは気が狂ってしまう。おそらく、ユングやラカンは、このように考えて、それぞれの心理分析理論のある部分を構築したものとおもわれます。
空海が、流体土木のすぐれた知識を持っていたのは、容易に狂気へといたる流体的世界を制御するすべを空海は心得ていたからだ、と言った人がいました。こうした見方は、制御できるすべを持たないものが流体的世界に接すれば、正常な精神状態を維持するのは難しくなる、ということを指し示しているようにもおもわれます。
ラカンが、「無意識は言語のように構造化されている」と述べたのは、「無意識は、言語をもちいることで、人の意識が流体的世界とじかに接触することを防いでいる」ということを言いたかったのではないかと、わたくしはこのように考えます。
ユングにしても似たようなことを考えていたはずであります。狂気へといたった人は真理に接触してしまった人だと、このように考えていた形跡があるようにおもいます。ユングにとっての心理治療とは、狂気へといたった人が、それでも真理と接触し続けられるように応援する行為ではなかったかと、このように考えたりもいたします。
けっして感動的な話を書こうとしているわけではありません。ジジェクのいう「共生を学ぶべき堪えがたい真理」とは何か、力不足の感はいなめませんが、これについて書ければと考えております。
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