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本流対策室/2 板

496八咫烏:2012/04/03(火) 16:28:29 ID:XUCnAhzY
復興G様

大変ご親切な返信を有難うございます。
和解という言葉をかなり聞き、また実相を見るという雅春先生及びその他の先生御文章を
読むと、なるほど、と思い、しかし、では実際には、現教団のやり方に反対している人間はどうすれば
いいかというと、言葉通りの和解ではおかしい気がします。
そう思うと、和解とは何かと考えずにはおれなかったのですが、
私も復興G様が示唆してくださったように、神想観以外はない気がします。

雅春先生は、「人が地上に出現した使命を最高完全に実現せんがためには、
「個」というものが、「全」(神)の御心を知ってその通りに生きて行くことが必要ななのである。」
とおっしゃっており、
「吾々は五官の経験を以て、吾々の想念を支配せしめてはならないのである。常に吾々の完全な想念
を以て吾々の生活を支配いなければならないのである」とおっしゃっていますから、
個としてではなく、「全」と一体の自覚から、物事を「全」の視点で鳥瞰した神の智慧を出してくるしかなく、
そのためにもひたすら神想観に励むしかないのではという気がしております。


また和解とは、必ずしも現象における形ではなく、自分の中にあるものであり、
自分の内なる自覚の中にあるものではないかと考えます。それが人事所により、
相手への謝罪の言葉になることもあり、懺悔の言葉になることもありますが、
罪を悔い改めるということが、自覚の転換であるのと同じように、
和解自体も内なる自覚の転換ではないか、と考えたりするのですが、

貼りつけてくださった、真の自由、それこそが観の転換による自覚から得られるものであり、
悔い改めであり、和解であると思えます。とすれば、頭脳知で和解を考えても得られず、
ひたすら神想観に励むという、修行の中から生まれるものであり、生やさしいものではないと
いうことかも知れませんね。

今の時点で、私のような地方に住む一般信徒はどうすればいいかと言えば、
まさに神想観を基本として、どちらを応援するかを決めるしかないのですが、
しかし、経験上から言えば、本流と言われる方々が正しいと直感的に思うのです。
それはどうしようもなく、思わずにおれないのですから、自分の信念に従うしかないですが、
では教団や総裁に対しては、どう考えればいいかと思うと、どのように見ればいいのかと
迷ってしまうのです。いろんな掲示板を見ているうちに、迷いが出てきたのです。

とは言え、私などは、すでにはるか前に教団とは事実上縁が切れていますから、頭の中では、
信仰とは、谷口雅春先生の書かれた書籍を元にした、信仰であり、それ以外には、ないのです。
教団は私にとっては、雅春先生の教えと一致していない限りは存在していないのと同じであり、
実は私の中では、和解も何もないのが実感です。

今の私にとっては、生長の家教団よりも、日本国の行く末のほうがはるかに関心事であり、
日本にとって、どうすればより実相が顕現するかと思う時、どうすればいいかと考えるのです。
そうすれば、自ずと本流と言われる方々の運動を支持せざるを得ないと考えるものです。


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