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本流対策室/2 板

494八咫烏:2012/04/03(火) 06:38:49 ID:XUCnAhzY
雅春先生は、調和とは、秩序のことであると言われました。また美とは調和のことであるとも
言われました。桜の木に、梅の花が美しいからといって、接木をし、この枝には桜、この枝には梅
この枝には木蓮などと、いっぱい美しい花の枝を集めて、接木しても、そのような雑居状態が
美しいとは言えないのではないかと思います。仲良くしていればそれでいいというわけではなく、
そこに秩序が現れなくてはならないのだと思います。
和解とは、結核菌に感謝して同居することでもなく、お妾さんに感謝して、
三人で同居することでもなく、あるべきものがきちんとあるべきところに収まることだと
思うのです。そしてまた、美しくなくてはいけないものだと思うのです。

私の庭には、季節になると蝶がよくきますが、アゲハチョウ、イチモンジチョウ、
ツマグロヒョウモンなど、様々な蝶がきます。その羽根の美しさを観察すると、
本当に感動するのです。そこにはほんとうに美しい秩序のある文様が描かれており
この羽根を見ただけで、神は存在すると信じられる思いがするのです。昔はヒカゲチョウなどは、
さほど美しいと感じなかったのですが、よく見ると、その茶色の落ち着いた色合いの中にくっきりと
目玉模様が丁度適度な配置で、おさまっていて、何故これを美しいと感じないでいたのかが
不思議に思えてきます。

遺伝子工学の池上明教授でしたか、遺伝子のあのらせん構造を見ていると、その美しさに感動する
というのです。そして、その美しさを見ただけで、やはり神は存在すると思わずにはおれないとおっしゃって
いました。神が現れれば、そこに秩序が現れ、美が現れ、その状態を調和というのだと思います。

では現教団において、和解とはどうすればいいのか、ということになると、まだ具体的に思い浮かびません。
しかし単なる合意や取り決めではないというのは思うのです。もちろん祈りは大切です。
しかしどういう状態を調和だとして祈るかというのも大切だと思うのです。
生長の家の大神の神意は何であるか、先ずそれを見極める事、それが先にあるのではという気がするのです。


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