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本流対策室/2 板

311八咫烏:2012/03/25(日) 12:08:39 ID:EDxUCmms
生命の實相には、実相世界は無限に完全な世界であると書いてあります。
私はまだ悟りに至らないものですから、実相世界を完全に実感することはできません。
だから雅春先生のおっしゃることを信じるのみです。

だから実相は完全であり、善一元ということでは方向性は決まっています。だって、悪に向う世界なんて、
どんどん崩壊に向かい、消滅に向う世界、だったらはじめから存在していないのではないですか?

ただ善とは何かというと、現象世界においては、ある時には、善は相対的であることもあり、
人によっても違う場合があります。
しかし、雅春先生は、そうい相対善ではなく、絶対善が実相であるという風におっしゃっています。

ところで、先にも言いましたように、私も雅春先生と同じように、存在とはそれ自体完全であるものだと
思っています。なぜなら内部に矛盾を抱えたものが長く存在できるとは思わないからです。完全なもののみ
永久に存在でき、永久に存在できるもののみが実在であると考えています。

そして、悪とは何であるか、こうした実の存在において、そもそも、悪という概念はおそらく存在しないと
考えます。つまり善悪は存在せず、そのものがあるだけである。その者しかない、それ自体しかない、
存在するのはその実在以外にはない、と思うのです。この実在が、自分の中でいろいろに表現をしたものが、
実相世界であり、その実相世界にある、人間が、さらに表現をしているのが現象世界であると
私は思っているのです。現象世界は、人間が自己の完全さ、あるいは実相世界の完全さを映しだして、
表現して楽しんでいる世界であり、これは影の世界です。

だから、この現象世界は、無限に実相を映し出すために、存在している芸術家のキャンバスのような世界だと
思います。

ところで、悪とは何であるか、私は悪とは欠陥のことではないかと思っています。あるものが完全でないこと、
その欠陥が悪だと思っています。あるいは、雅春先生は秩序の無いことが悪だと言われていたように思います。
あるべきものがある位置に無いこと、所を得ていないこと、人事所を得ていないことと
言われていたと思います。

この現象世界は、つねに上には上がある、完全には実相を映し出せない世界だと思いますから、無限に完全が
より完全に出ようとする世界ではないかと思うのです。
つまり、たとえば円というものに対して、私たちは想像で、理想の円を思い描くあるいは、円の理念を描くことができます。
しかしそれを現実の形にしようとすると、どんなに正確に作っても、完全な円は作れないのがこの世界です。
より円に近いものは出来るでしょう。それと同じで、この世界は、無限に実相に近づいてゆく世界と思っています。

この世界で、円があり三角があり、四角があっても、それを対立するとは思っていません。
しかしそれらが組み合わさりさまざまに模様、あるいは図形を創り、なにか新しいものになっていく
その無限の美、それを何故対立と捉えるかです。何故調和であると捉えないのかと思うのです。
光に対する闇、これは比喩であり、現実世界では、闇は闇の良さがあるのであり、必ずしも悪ではないのです。
夜が悪ではないように、あらゆるものは本来善だと思うのです。
この世界の存在は皆一元から来ているのであり、それ自体が悪という存在はないと考えます。
では何が悪か、それはまさに雅春先生がおっしゃるように、秩序が現れていない、所を得ていない、
あるいは丁度よい加減の頃合いでない、それが悪なのだと思います。

またまとまらない説明ですが、私も半端な未だ悟りに至らない人間ですから、つたない説明になりましたが、
生命の實相を読めば、もっとはっきりと書いてあるのですが、こういう説明部分(もちろんもっと完璧な説明)を
読まれたことは無いですか?


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