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本流対策室/2 板
1992
:
山本富士子
:2012/07/24(火) 22:11:45 ID:0qw8iKoo
生長の家の信徒が誤解されるだけです。大量の郵便物を送って業務妨害をするだけです。
はがきはやめてください。
税務署、検察庁、皆様、少ない人手で働いているのですよ!
1993
:
金木犀
:2012/07/24(火) 22:44:02 ID:auusu5IE
葉書を送るという話があるのですか?
それは、あまりにも世間体が悪すぎますね。著作権裁判は、聖典を守るという
大義名分がありましたが、総裁の罪を訴えるというのは、虚説を排撃することとは違って、
総裁の現象をそのままありと見る行為ですから、雅春先生のおっしゃったみ教えからも
間違っている気がしますね。とにかく、いかにも内部紛争を世間にさらして
しまうというマイナス面が強いと思います。
ところで、志恩様
総裁のご親族は、もう何十年も総裁先生の実相を祈り続けておられたんですね。
確かにそうですよね。そうあるべきものですからね。ということは、それにもかかわらず
何も改善されることがなかったということですね。邪神界と正神界の争いが、総裁先生をめぐって
顕れているのでしょうか。
1994
:
山本富士子
:2012/07/24(火) 22:58:55 ID:0qw8iKoo
教えてください。
宇治別格本山から盂蘭盆供養大祭の案内のはがきが届きました。
主管 磯部和男
宮司 楠本加美野 となっています。
楠本先生は総務ではなかったのでしょうか???
1995
:
志恩
:2012/07/25(水) 03:08:28 ID:.QY5jUA6
金木犀様
総裁のことは、ご親族どころか 世界中の何十万人という信徒達が、彼の実相を、何十年間も、祈りつづけているわけです。
それでも,総裁は、変わらない。総裁のやりたい放題は、どうにもとまらない。いまだに続いている。
それは、どういうわけか。
どうして、このような課題を我々は、あたえられたのか。
これについての答えは、以前、復興G様が教えて下さっています。
つまり、我々、1人1人が法燈継承者としての自覚をしっかりもち、生長の家の原点に立ち返り、(原点回帰)、
「生命の實相」を学び直す(祈りと実行)という佳き機会を与えられたのだ、と。
で、朝夕の神想観のときには、総裁の実相を祈りつづけること、しかし,我々は、現象世界で生きてるのですから、
現象に現われている悪と見えるもの対しては、毅然とした態度で、立ち向かう。ネットでこのように、おかしいことは、
おかしいと言うことも、実行の1つです。ということでした。
結果が、現われるのには、瞬時に現れることもあれば、かなりの永い年月を要して現れることもあります。
それは、現象世界の時間で観ずれば、長く感じますが、異次元の感覚で捉えたら、例え、50年でも瞬時なのかもしれません。
結果については、どのような形の結果がでるのかは、良く成る事には,変わりませんが、結果の形は、
頭脳知では、計り知れない事です。
あきらめずに、祈り、実行することが、たいせつで、我々の魂の向上につながるのでは、ないでしょうか。
我々は、そのような貴い機会を与えられたのです。
それが、即答を求める事以上に、大事なことなのだと、復興G様が教えて下さっています。
1996
:
SAKURA
:2012/07/25(水) 05:07:07 ID:V.pKl3yA
トキ様 へ
観覧者の皆様 へ
おはようございます…。 ロ−マ字(大文字)の【SAKURA】で〜〜〜す。
此処からは【SAKURA の独り言】として、投稿させて頂きます。
■【 祈 り 】
此処で?不思議なんですョ〜〜〜ネ!「祈りの功徳…」
皆様の中に「??実相をお祈りします。」と言います此の言葉…以前より不思議ですモノ?
■下記にて「祈りの功徳」という言葉が、眼にとまりました。
この場を借りまして…「生命の実相」「徳久先生の著書」よりの一部投稿と、させて頂きます…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆
『「祈り」は決して「実相世界(すでになれるせかい)」を変化するものではないので
あります。祈りは現象世界が実相世界へクラリと方向転換を行うことであります。
この写真にたとえますと現象世界へ「実相世界」の影を移すためにレンズの方向転換を
行ってピントを合わす――いわばこれが祈りであります。
祈っても自分の祈りが現象世界に実現しないのは、光線が薄かったりピントが
ピタリと合わない、すなわち焦点がピッタリ合わないからであります。
写真によい工合に物の姿が映らないのは、実相世界と焦点が合わぬためでありますから、
悟りの光線を明るくして焦点をピッタリ合わすようにするならば、その欲する事物が外界に
あらわれて来るのであります。
悟りの光線を明るくするとはすでに実相世界にすべて善きものが与えられているという
「実」を知ること、焦点をあわすとは、実相世界から投影する光線を適当に集中するために、
信念を強くすることであります』
これが根本原理でありますが、この続きをもっと精しく読んで下さい。
『「祈り」は決して『実相世界(すでになれるせかい)』を変化するものではないのであります。
私たちが、祈るとき、どうしても、自分の「祈り」によって、ものごとをよい方に変化させようと、
いう様な気持が働きがちです。しかし、「祈り」についての、この先生の根本的なお言葉を、
はっきりと心にとどめておいて、既になれる「実相世界のよきこと」に、自分の波長を
あわせるのだと、いうことを忘れず、そのためにはどうするか、その方法をはっきり自分のものに
することで、それによって「祈りの功徳」が違ってきます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆
■ さて…本当に「祈りの焦点」を、【現総裁雅宣先生】に対しまして、合わせていますのでしょうか?
いつもこの事が”疑問詞?“の私自身です…。
「言葉=言霊」ですから、心からの?つまり本当に【意識集中…】なのでしょうか?
何故なら…「相手を今まで中傷」していらっしゃいました方は、少なくともその“潜在意識”の
深層部には、まだ相手への「中傷」が脳のサ−ボメカニズムに、
デ−タ−として、残っているのでは、ないのでしょうか?
つまり写真で言いますと頃の「光線が薄かったり?ピントが合わず?」ではないのでしょうか?
その様に、思えてなりません…。
この事は「和解…」これに関しても口先だけの“言葉”では、果たして如何なものでしょうか?
従いまして【祈りの功徳…】改めまして、考えてみる必要性があるモノと思う次第です…。
再合掌
Ps:
トキ様 へ
「祈りの功徳」この件は、どの様にお考えでしょうか??“アドバイス”頂きますと
幸いに存じますが……??今から「お祈り」前に…投稿させて頂きました。
1997
:
みすはなまる
:2012/07/25(水) 06:37:52 ID:nWzOnzlE
>>1994
山本富士子さま
楠本加美野先生は、宇治別格本山の総務であり、宮司でいらっしゃるはずだと思います。
1998
:
山本富士子
:2012/07/25(水) 07:55:41 ID:0qw8iKoo
みすはなまる 様
ありがとうございます。はがきの文言がわかりにくく、自然災害者追悼慰霊祭
が目立ちました。それでつい・・・もう宇治も甘露の法雨がうずまく地では
なくなるのか・・・讃歌デビューの今年なのか・・・とびっくりしたところ
でした。
いろいろな変化をもう少しきちんと整理告知しながら、進めていただきたいものです。
いつもあいまいでそしてちがったものになります。(本部移転後は公園にするといってましたよね。
そこにご神像などを遺されて記念庭園になるものとばっかり思っていました。
元第一教区教化部会館が休憩所としてのこされるのかと思っていました。
志恩さま
しばらく家をあけて、パソコンを開きびっくりしました。
(家族にきらわれてあちこち、たらい回しにされているわけではありませんが
(笑、笑)
志恩様のオリーブの木ですが、いいですね。
それで思いついたのですが、政界の小沢議員が「ゆるやかな連合」オリーブの木を
提案するとか、しないとか新聞にのっていますよね。雅宣先生も種の多様化を
守るべしといっています。こうっいったブログを拝見するかぎり、生長の家も
たくさんの人材、英知者にめぐまれて今にいたっています。それらのリーダー
達がゆるやかな連合、生長の家オリーブの木をたちあげるわけにはいかないものでしょうか。
もう時代的には別派ということばは失礼だし、似合わないとおもいます。
宮沢先生、学ぶ会さま、、、りっぱなオリーブの木ではありませんか。別派、分派
ではないと思います。
雅宣先生も脱原発、ニュー讃歌と多様性を若木として植樹されたわけです。
どうかりっぱなオリーブの木になりますように・・・、祈ります。
志恩様は詩がお好きですよね。
先日久しぶりに井上洋治神父様を、検索してみました。友人がクリスチャンで
井上神父様のファンだったのです。気軽に信者さんとの家に訪問され夕食を共に
するような方でもいらっしゃいました。私は読書家の彼のエッセーが好きでした。
そしてある雑誌に発表された彼の詩がへたくそだと若いわたし達は笑い転げていました。
そしたら、なんとその詩に若いかたが曲をつけてブログにアップされていたのです。
私はここにはりつけることは、できませんが、「南無 アッパー」という
清らかな宗教曲になっていました。
志恩様のおうちのオリーブの木が高く茂りますように・・・。
1999
:
金木犀
:2012/07/25(水) 10:31:27 ID:auusu5IE
志恩様、
>>1995
有難うございます。そうですよね。私も、なぜだろうかと思うたびに、
いろいろ考えて、きっと良くなるほかはない、生長の家が人類光明化という
いう思想運動の原点に還り、一人一人の信徒が教えの主人公、法灯継承者
となるための転機だと思うのですが、
それそれでも、この日本の大事な時期に何故という気持ちが、何度も出てくるのです。
龍宮住吉本宮ができ、七つの燈臺が点灯された途端に、どんどん悪い方へ転がり始めたように見えるのです。
また、日本は何でこんな状態になったのだろうとか、つい思ってしまいます。
日本の国としての業だと思っても、じゃ、世界の国々に比べて、
それらの国々より一層日本は特別悪い業がほんとにあったのだろうかとか、
あれだけ有色人種を搾取した白人諸国は、悠々と普通の国としてしっかりとした国の運営を
しているのに、日本は何でこんなにだらしなく、今にも滅亡の淵に置かれれいるのかとか考えてしまいます。
でもおそらくは、使命が大きいから与えられる課題も大きく、それを乗り越える力もあるのでしょう。
大きい視野で見れば、他国で一国でも古代から継続している国はなくて、
皆興亡を繰り返した新しい国々ですから、
歴史を乗り越えて続いてきた日本国よりしっかりしているわけはなく、
日本は常に、こうした危機を乗り越えて、新しい国の体制を作ってきたと言えます。
山ちゃん様の言われていた、歴史の波動紋理という雅春先生の言葉は、
こうした危機を乗り越えて真理の光が進軍する日本の国のあり方かも知れませんね。
国も結局は国民一人一人の自覚が支えるように、
生長の家も教団の名前ではなく、組織の加入に関係なく、
実相哲学を信仰する信仰者一人一人の自覚こそが、生長の家なのでしょうね。
形あるものは、皆心の影ですから、原宿本部の建物も御神像も、
信徒の心のあり方が反映したものかも知れません。
私たち一人一人が住吉大神だという自覚を持たねばいけないのでしょう。
ところで本当に御神像はどうなるのでしょうか。せめて御神像だけでも保存したいものです。
御神像は保存可能であるはずですから、これを保存しないことは、
教団として、大きな責任問題になるのではと思います。
偶像崇拝だと切り捨てるのは教団の歴史を否定することにもなりますし、
これは誰かはっきりと公開質問状でも出すべきではないでしょうか。
2000
:
金木犀
:2012/07/25(水) 12:13:14 ID:auusu5IE
志恩様
法華経にある如く、「衆生劫尽きて憂怖諸々の苦悩悉く充満せりと見るときも
我が此の土は安穏にして天に常に充満せりと見る」
此の実相直視の神想観を徹底的にやるしかない気がしますね。
まるで八方塞がりのような日本に見える昨今ですが、実相においては敗戦もなく
占領政策もなく、大日本神国観の状態があるのみだと、そして神は不可能がないのですから、
どんなに売国的な政治家がいるように見えようとも、地道になすべきことをなして、ひたすら
神想観をしていけば、南出弁護士とともに、まるで少数派のように見える運動でも、神は支え給い、
諸悪の根源現憲法改正大日本帝国憲法復元がなるような気がします。
不可能に見えることが不可能でないのが神の力、法則であり、
志恩様が仰るように、今は実相を見る力を溜める時に違いありません。
住吉大神顕斎がなされた時、すでに吾々一人一人が住吉大神となったのであり、
雅春先生は、皆さんが住吉大神の全身全霊であるとおっしゃっておられました。
すでに吾々は谷口雅春先生から、法灯を継承がなされているのを自覚しなくてはいけないですね。
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