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本流対策室/2 板
198
:
八咫烏
:2012/03/24(土) 17:43:16 ID:8d5FHNRQ
初子様
昨日は私のコメントを気に入って下さり有難うございました。
私は、まだ信仰にはいってからは長いものの、中断して怠けていたために信仰の入り口で止まって、
未だ信仰が浅い状態のままですから、なかなか悟りといえるような喜びの状態に達しません。
それでも初めて、父の本棚にある『生命の實相』を何気なく読んだ時には、ほんとに「これだ!」という
驚きと感動がありました。
私は生命の實相にはあらゆる真理の説き方がされていて、そこには実例を挙げての説明だけでなく、
非常に思索型の説き方もあり、それを読んで、一元論に非常に納得したものです。
私は今でもどうかすると、信仰浅き故に、ふと疑問など生じることもありますが、
生命の實相を読むと、自然にそんな疑問が治まってきます。もともと非常に論理的に書かれているので、
疑問をはさむ余地はあまりないのです。冷静に考えていけば、書いてあるとおりであることが分かります。
二元論からはじめるべきだとおっしゃいますが、既に二元論が破綻しているから、一元論が書いてあるのです。
生命の實相にも書いてありますが、私は思うに、存在というものはイコール完全であると思っています。
それともうひとつ、私は完全な他者は認識できないと考えています。
認識できるものは、実は他者ではなく自己以外にないと考えています。
たとえば、この世界のものは、何処か共通点があります。生物同士、あるいは生物と無生物にしても、
その形だとか、機能だとか、組成成分だとか、何らかの共通点があり、この共通点は何処から生じるのか、と考えれば、それは作ったものが共通である
と考えるしかなく、さらにその作ったものと、作られたものは、本来作ったものが自己を使って作る以外にないと考えます。
完全な他者と言うものがあるとして、たとえば、この宇宙以外に何らかの世界があり、そこでは想像もできない異質な存在があり、
異質な法則のもとで、異質な認識(そう呼ぶことすらできないくらいの作用)があり、
そういうものをどうやって認識し、あるいは関われるかというと、私は絶対に認識も関わることも出来ず、
存在していないに等しいと思います。
だから、この世界で、私たちが認識しうるものは、全て一元から出たものであると思うのであります。
そして、存在とは完全体のことであると、思います。
だから、私は谷口雅春先生が、神一元、実相一元とおっしゃる論理は、完全にその通りだと思い、そしてそれは
既に、論理的に完結していると、考えるのです。
そして又、それが実証となる奇跡を起こしているとすれば、真理を今更二元論からはじめる必要を感じないのです。
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