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本流対策室/2 板
1901
:
神の子さん
:2012/07/21(土) 16:09:42 ID:???
愛国より追加
>>(1387) さらなる追放と本部の詭弁 投稿者:取材者
貴康氏の退職は当時幹部間に衝撃を与えた。幹部どころか総裁に置かれましても大変な悲しみであったことは、ご体調を崩されたことにそのお心が表れていると拝察される。
本部は貴康氏の退職理由の質問に答えるために詭弁を用意した。
「谷口貴康さんは自分の好きなことをしたいと思って生長の家をやめた、総裁も雅宣先生も大変遺憾に思われている」というものであった。のちにその好きなこととは「整体と田舎暮らし」であると解説されていた。しかし取材すると実際はそうではない。特に辞めた後に教団からの貴康氏にたいする排除の徹底ぶりと監視は尋常ではないことが、総本山退職者の証言で明らかになった。
貴康氏の後任に雅宣氏が送り込んだのが菅原氏である。この菅原氏もかつては北米教化総長にまでなった人であるが、雅宣氏の方針に従っていないと総長を更迭され、函館の教化部長となり後に宮城の教化部長になっていた人物で、雅宣氏の恐ろしさに懲りて家族ともども雅宣氏に逆らえない精神状態になっていたときであった。
貴康氏の任期はあと三ヶ月あったが総務を解任され総務は菅原しになり、貴康氏は一切練成で講話することも許されなくなった。退職前の送別会を職員で行うさいにもその他の移動した人と並列で行われた。退職後にただちに管理職の職員は菅原総務に言い渡されるる。
①貴康さんに会いに行ってはいけない。
②貴康さんが本山に来たら時間まで報告すること。どんな小さな道 具などで も貸してはいけない。どんな会話をしたかも報告する ように。
③年祭(雅春先生と輝子先生)には参加してもらうことが禁止とな っているので駐車場に来られても止めさせてはいけない。
このようなことを言い渡されたという。
つまり、貴康氏は生長の家から追放されたということなのだ。
「辞められてから数ヶ月は本山に来られて皆さんと仲良くされておられましたが、総務の命令で顔も合わせられなくなりました」とその人は証言する。貴康氏は生長の家を辞めたのではなく、辞めさせられ、出入りを事実上禁じられたということが事実のようだ。
宮澤潔氏が依願退職を懲戒免職にされ、裁判にて破産させるまで追い詰めようとしたり、宮澤氏はもちろん貴康氏にも祖父祖母の年祭に参加すら許さない仕打ちをしたりする「宗教家」とはいかなるものであろうか。普通の人であっても思想信条が違っていても、葬儀や年祭から排除することは異例のことでアル。
「村八分」ということばがあるが、他のことの八分は相手にしない処分をしても、身内の葬儀になどに当たる二分は例外とされている日本の感覚からも外れる非人道的なことがまかり通るのだから恐ろしいことだと思う。
2012年07月21日 (土) 13時48分
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