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本流対策室/2 板

1850SAKURA:2012/07/15(日) 18:54:16 ID:V.pKl3yA
トキ様 へ
観覧者の皆様 ヘ

こんばんは……  ローマ字(大文字)の【SAKURA】で〜〜〜す。
>>1847拝読しまして (オモシロイ!着目点でしょう〜〜〜かと思いながら〜〜〜)
■ >『信仰』とは何でしょうか。<
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆

■現代社会は、多様化しています。従いまして【逆に…無神論】もいられますわけです〜〜ョネ!
此処で…【徳久先生…】の御文章を下記にて“一部抜粋投稿”させていただきます…。
私にとりまして、一度だけ【本部練成道場にて。。。個人奉仕】を致しました時、玄関先で、
見送って下さいました徳久先生の“輝いたお顔”が、今でも印象的です…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆

■【本当の神を発見した】
―――― 無神論を通って ――――
昭和23年から25年頃の間に、谷口雅春先生の、随行をさしていただいた時に、先生は汽車のなかで、
いろいろと私に教えてくださいました。まだ本部講師になったばかりの、未熟な私に、少しでも、
生長の家の真理を教えておきたい、という御愛念であったと思いますが、時に応じて、
まことにわかりやすく、しかも何気なく話してくださいました。

最近になって、あの当時の、先生の御愛念が、心にしみると同時に、
地方講師の経験もなかった私であり、しかも、医者として採用された、私でありましたので、
本部講師に、いきなり任命された私にたいして、先生としては、教えておきたいことが、
山ほどあったであろうと、察せられます。そんなことには気がつかず、まことに、ノンビリと
先生のお話を、ただ喜んで聞いていた私でしたが、今になって、あの時に先生が言われたのは、
もっともっと深い意味があったのだと、教えられています。

ある時、たしか、汽車のなかであった、と記憶していますが
「徳久君!生長の家はね、一度無神論をとおって、本当の神を発見したのだから、スバラシイのだよ」
こう言われました。
私は、その御言葉によって、今まで気がつかなかった、生長の家の真理の深遠なことを、ハッと
気がつかせていただきました。
「一度無神論をおって、本当の神を発見した」というのは、先生の自叙伝(『生命の実相』
頭注版第19巻、第20巻)に、お書きになっておられますが、それまで、私は漠然と読んでいて、
あまり深く考えもしませんでした。先生に、このようにハッキリ教えられまして、そうであったのか、
とわかりましたので、私は『聖道へ』と『生命の実相』(第19巻、第20巻)を読みなおしました。
そうしますと、一度、無神論をとおったという意味が段々とわかってきました。
                  
 <つづく>             No.1


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