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本流対策室/2 板

1788トキ:2012/07/10(火) 18:45:59 ID:UjnWkWEc
先ず、山ちゃん1952様のブログから投稿を引用させていただきます。

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総裁の書いた聖経について(8)であるが、ここにおいても明らかな間違いがある。
それを一つ一つ検証して何処が間違っているのかを明らかにしたい。

それではその間違いを谷口雅春先生御著書である『明窓浄机』草創篇と比較しながら分析します。

下記は総裁の書いた文書である。

【「聖経甘露の法雨」を収録した第9篇『生長の家の歌』を含めた10篇のパンフレットの発行時期は、雅春先生が"二重生活"に終止符を打たれて宗教活動一本で歩み出されてから3カ月後の、昭和7年10月以降である。奥付に記載された発行日は、10篇のうち7篇には「昭和7年10月3日」と印刷されているから、先生が退職後最初に取り組まれた出版が、このパンフレット7篇の発行だったと思われる】

と記入されているが、これはおかしい。

それでは『明窓浄机』草創篇のP41とP42に「小冊子『生命の神秘』製本完成す」と記載があります。ここにこの本の出版の前に『行きとほし』が既に発行されていることが記載されています。この『明窓浄机』は生長の家誌から雅春先生の書かれた編集後記などを纏めた本です。つまりこの明窓浄机の記載されたのは昭和6年『生長の家』誌12月号です。勿論記載されたのは11月頃であろうと推測できます。

(以下、省略)

http://plaza.rakuten.co.jp/tecnopla/diary/201207050002/

次に、谷口雅宣総裁の「唐松模様」から引用をさせていただきます。

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2012年7月10日 (火)

聖経について (10)

 前回の本欄を読んだ読者から、貴重なご意見をいただいた。私の推理が間違っているというのだ。もっと色々な資料に当たって総合的に考えねば歴史的事実の検証はできない−−そういう意味のお叱りをいただいた。が、だからといって、その読者は私の疑問を晴らす“答え”をもっているのでもなさそうだ。しかし、率直なご意見には感謝申し上げる。
 
 その読者の指摘は、私が谷口雅春先生の『明窓淨机 草創篇』(1979年、日本教文社刊)を読んでいないということだった。全く読まなかったわけではないが、注意が足りなかった。その点は弁解の余地がない。そこでさらに同書を含めて調査を進めた結果、分かってきたことを少し書こう。ただし断定的な言い方はしないので、読者も私の推測を事実だと思わないでいただきたい。何しろ80年以上も前のことで、資料は多く残っていないのだ。

http://masanobutaniguchi.cocolog-nifty.com/monologue2/2012/07/10-c6b1.html

(以下、省略)


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