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本流対策室/2 板

1486みすまる:2012/06/20(水) 17:13:29 ID:UM2qg7HI
1481の山本富士子さまのご発言のなかで、復興Gさまの合わせ鏡のお話が出て参りました。

以前、私も復興Gさまの合わせ鏡のお話を、読ませて頂いた記憶があります。記憶が間違いでなければ、雅宣総裁の姿は、信徒の合わせ鏡であるという内容のお話があったと思います。

そのとき私は、どうしても理解出来ませんでしたし、今も同じ思いです。
夫婦や家族親兄弟で、そのように相手は自分の鏡であると言われるのは理解できます。

以下に記す内容は、事実の話であるため詳細は控えて発言させていただきます。
とある診療科名を掲げて開業されている、個人の医院がございます。ある方がそこの医院の院長を尊敬信頼し、通っておられたのですが、ある頃を境に、そこの医院の院長先生の考えが変わったのです。

本来の診療科以上に、全く違う診療を開始してしまい、先に述べたそこの医院を尊敬信頼していた患者さんは、治らない為他の病院に移って、本来の診療科の診察を受けたら治ったのです。

今の教団に当てはめると、神の子の真理…唯神実相哲学を学ぼうと今の教団に行ったら、外は生長の家だが、中身が全く違う話に変わっていた…とも言えると思うのです。

そこの診療科で働きたいと、働いていた看護師さんは、院長の方針変更に自分の考えが違う為退職を決意しても、看護師に対して、院長はあなたの合わせ鏡ですから、感謝して院長が本来の診療科の仕事をされるように祈りなさい…となるのでしょうか。

感謝と実相礼拝は大切と思いますが、一宗教団体にしても会社や病院の経営にしても、経営者の考えで運営されていくものです。経営者の考えで、如何様にも変化をしていくわけです。

今の教団は、外は生長の家でも中身は総裁の方針で、環境路線で進んでいます。総裁のお考えが信徒の合わせ鏡というのは、理解出来ません。
類は類をよぶ、朱に交われば赤となる…という考えでしたら理解できますが…。


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