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本流対策室/2 板

1484本流掲示:2012/06/20(水) 10:32:00 ID:???
今まで、雅宣総裁はどのように言ってきたか? 自分の著作は聖典にはしない。『大自然讃歌』や『観世音菩薩讃歌』は聖経『甘露の法雨』に代える意思は無い。といいながら、<折り本型の経本として出版>と決定したのであります。“経本”と表現しておりますが“聖経”と同じ意味であります。ここでも、雅宣総裁の言行不一致が現われているのであります。(勿論、ここまで急いだのは、最高裁の上告棄却がいつ出るか不安なため、それに備えるという事情があります。)


雅宣総裁は、ある一つの行動を決定実施する時は、事前準備を周到にして、ある程度の教団内世論を作り納得させるような形で、なし崩し的に目的を達成して行くのであります。これが雅宣総裁独特のマインドコントロール手法であります。今回も、長編詩の聖経決定までのプロセスとして、ブログ「唐松模様」に於いて『観世音菩薩讃歌』の発表に続き、6月6日から16日まで4回に分けて『聖経について』を掲載し、開祖・谷口雅春先生がインスピレーションによって書かれた自由詩が聖経『甘露の法雨』と自然的になって行く流れを(多少の間違いがあるにせよ)必要以上に詳しく書いています。そして、この“自然的流れ”を信徒に納得させ、その流れの説明を利用して6月17日の<折り本型の経本として出版>即ち“聖経”宣言へと結び付けて行ったのであります。自分の書いた二つの長編詩も『甘露の法雨』と同様、自然の流れで聖経となって行ったとでも言いたいのでありましょうか


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