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本流対策室/2 板

1342役行者:2012/06/06(水) 13:32:02 ID:C2OdDlRc

横レス失礼します。
上記の私の投稿文に続きます。

雅宣先生の偉大なる功績は言葉が如何に大切であるか!を、長い年月をかけ、説かれてきたことです。

古今東西の宗教家、哲学者、歴史学者、科学者などなどの資料を紐解かれて・・・

雅春先生が、釈迦・キリストの永久の真理を、現象世界で展開されている言葉で書き表すのは並大抵のことではなかったと思います。

釈迦・イエスの真理を分かりやすく、平易に学術的な言葉でなく、情緒あふれる言葉によって、説いてくださったことは、全人類の福音でしょう。

そのような悟られた方でも、些事において間違いがあるということを教えてくださったのが雅宣先生です。

どんなに偉大なる、大悟された方でも、間違いがあるのだなあ・・・と安心し、雅春先生に、親近感さえ覚えました。
つまり、現象世界に展開される言葉の大切さをよく理解出来るようになったのです。

 ところで、今回の“讃歌”には驚愕しました。
 偉大なる大悟された大宗教家にも些事の間違いがあるので、補強するということでしょうか・・・
 
百歩譲って補強することは構わないのですが、天の使いがお出ましにならなければ、補強できなかったのでしょうか・・・

我思うに!ではなく、天の使いのご出御されることにより、補強されると云うことは、 三代目として、大神の神啓として!ということになってくると勘違いしてしまうのですが、間違っていたら教えてください。
 
 何はともあれ雅宣先生により、言葉とは諸刃の剣で、扱い方を間違うと、大惨事に発展してしまう、それは生長の家においておや!
ということを理解出来ました、先生のお陰であります。
また、前から疑問だったのですが、今の住人さまの

>雅宣先生の実相顕現は、どうでもいいと言うことで、宜しいのですよね?
これが、生長の家の、古くからの本流の教えで正しいものなんですよね?<

ここなのですが、雅宣先生よりお歳を召されている諸先輩方は、雅宣先生を導く!という発想はなかったのでしょうか・・・

時代劇でよく、老中が若殿の傍若無人を諫め、教え諭している光景をみることが多々あります。生長の家の雅宣先生よりお歳を召されている諸先輩方は、顔色をうかがう処世術だけを身につけ、生長の家の未来に関してはどうでもいいのでしょうか。いくら法燈を継承したとは云え、先生も人間です、間違うこともあると思うのですが・・・


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