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本流対策室/2 板

1208役行者:2012/05/27(日) 20:48:40 ID:V22Fw/oc
 本流掲示板にて、「靖国見真会」参加者さまが、下記のように投稿されてます。


http://bbs2.sekkaku.net/bbs/?id=sengen&mode=res&log=2239


 以前、初心者さまが「超越項」を持ち出しての信仰形態を批判されたことがありました。
 
 確かに納得します、納得するが故に、ますます納得出来ないことが、大自然讃歌の急速な普及です。

 総本山でこうなったとすると、組織運動においても上からの急速な普及が近いうちに起こるでしょう!

 受け入れられない方のことは考えておられないのでしょうか、踏み絵となりますよ!恐ろしいことです。

 本流もイヤ!現教団もイヤ!というたぶん、八割近い信徒はどうすれば良いのでしょうか?内心、讃歌したくない人でも拍手せよ!ということでしょうか・・・丁か半かはっきり決めろ、ということでしょうか!
 信仰を強制されるのでしょうか!
 

 私は、内容は否定しません。自然を讃歌しているだけですから・・・詩とは分かってますが、それに「天の使い」を出されたことに違和感を感じているのです。
 生長の家においては、「天の使い」を出すことにより、内容が絶対化されるのです。
どんなに良い内容でも、それを絶対化したとき、少なくとも私にとっては、穏やかなことではありません。

 私にとって、この「大自然讃歌」を受けいれることは、信仰の基盤が崩れることを意味します。それほど重大なことのです。
 もう一度申し上げます、超越項「天の使い」を出しての讃歌を受け入れることはできないのです。

 釈迦、キリスト、そしてその真理の神髄を説かれた雅春先生による実践哲学により救済された多くの信徒にみな、この「大自然讃歌」を唱えよ!ということなのでしょうか・・・
 
 もし、雅春先生が記された詩であった、聖経と、勝るとも劣らない、真理の神髄がこの大自然讃歌に記されているなら、どうか私に教え諭してください。大自然讃歌解釈として・・・


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