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聖典引用 板

956復興G:2012/07/12(木) 01:37:05 ID:84pogn5s

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<第4回 WEB誌友会用テキスト(12)>

『生命の實相』 第1巻

  《實相篇(上) 光明の真理》 より(12)

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 クィンビー博士はこの原理を応用して自分自身の医学的不治症を根治すると共に、数百千の患者を治癒せしめたのであります。クィンビー博士を訪れて治してもらった患者のうちに世界的に有名な人が一人あります。それはメリー・べーカー・エディ夫人(Mrs. Mary Baker Eddy)で後にクリスチャン・サイエンスの創始者となったのであります。

 さて、このクィンビー博士の新治療法はどういうふうにするかといいますと、すこぶる簡単であります。博士の意見にしたがうと、病気というのは迷いの一様式であって、この原因の主なる一つは「病気は物質的原因で起こるという誤れる観念の遺伝」であり、また一部分は、「何か症状を感ずればただちにその病気になっていると思う一般の誤想」に基づくから病気をなおすには、病気の原因であるところのこの遺伝的の迷いを取り去り、そのかわりに、自己本来の面目、すなわち神の子としての完全な自覚を心の中へ「置き換えるようにすればよい」というのであります。それで実際的方法としては、クィンビー博士は患者の額に軽く手を触れてみずから精神を統一し、次のごとく厳かな口調でいうか、念ずるかしたのであります。「聖書にいわずや、神すべての創造(つく)り給いしものをはなはだ善しと観たまえりと。神は人間を神の相(すがた)に作り給いて、これに万物を支配せしめ給うたのである。だからなんじは健全である。神ひとたび善に作りたまえるものは何物の力をもってするも悪に変ずることはできない。神ひとたび健全につくりたまえるなんじは、何物の力をもってするも病に変化することはできない。なんじが今病気であるということは虚妄(こもう)の迷いである。迷いを去れ! 神は今もなお、なんじが健全で完全円満で一切の支配者であるのを観たまうのだ。」

 驚くべき森厳(しんげん)な口調が博士の唇から降りそそぐように患者の耳元に注ぎこまれると、いわゆる不治症といわれたものも、みるみるよくなってキリストの奇蹟もおそらくこのようであろうと思われたといいます。

 耳許(みみもと)でクィンビーがささやいた森厳なこの真理が病を治したのは少しも不思議ではないのであります。

 本来人間の病気を神がつくったものであるならば、人間がどんな方法でもってしても治るはずがないのであります。たまたま人間がなんらかの方法で病気を治すことができるというのは、病気というものの造り主が神でないからであります。ところが、宇宙万物は一元で一切の実在は神によって造られたのでありますから、神によって造られないものは実在しないのであります。「病気とは『無』の別名である」とクリスチャン・サイエンスの創始者エディ夫人が賢くもいっているのは真理であります。

 ここに注目すべきことはクィンビー博士が病気を治療するときに使った「言葉」とさきに述べた『般若心経』の意義とがぴったり符合していることであります。どちらも「真の人間」を自覚せよ、病気などは「無」の別名であるといっているので、仏教とキリスト教とはここにまったく一致することになったのであります。
<つづく>


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